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声をかけられて、瞼をあげた。
それから、ゆっくり振り向く。
そこにいたのは、全身に白色を纏った男。
黒髪とのコントラストが今日は一際眩しい。
「どうかな、少しは頼れそうな男に見える?」
そう言って笑う。
印象的な一重瞼が少し細くなって、しかしすぐに笑顔をしまった。
「似合ってますよ、すごく」
ようやく卓が答えると、ほっとしたように肩を下ろした。
本当に、頭から爪先まで嫌味なほど似合っている。
「式の前に卓ともう一度、ちゃんと話したくて…」
決して美男ではないが、この男の空気にはいつも強さと優しさが満ちている。
杏奈は今日、この男、正嗣(まさつぐ)と結婚する。
「そんな顔すんなって…」
言われてはっとした。
いったいどんな顔をしていたのだろうか、卓は慌てて笑って見せた。
「ちょっと日差しが眩しかっただけです」
どんなに下手くそでも、そうする必要があった。
正嗣はそっか、と襟足をかいた。
「今まで通りだよな、ただ毎日俺が、卓んちにいるってだけで」
「今までだって、結構な割合でうちにいましたよ。」
卓が言うと、正嗣は「それもそうか」と笑った。
しかしその笑顔も、なんて下手くそなのだろう。
「なぁ、もう一度だけ聞きたい。卓はほんとにこれで…」
「正嗣さん」
名前を呼ばれて、正嗣の体が一瞬で強ばった。
「…ん?」
そして白々しく聞き返してくる。
しかしこの男も、次に卓が言う言葉を予想しているに違いなかった。
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