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「…キスしてください」
一瞬の間。
「…卓、だったら…」
「最後に、最後に一回だけ」
いつもそうだ。
正嗣は毎回、文句を言ったり、渋る素振りを見せる。
「ほんとに、最後だから」
口にすると実感が沸いた。
終わりだという実感じゃない。
これは未練だ。
自らの言葉にそう思い知らされるのだが…それは絶対に顔には出さない。
「敵わないな、ほんと卓にはさ」
正嗣の手が卓の肩に触れる。
触れるだけの優しいキス。
少し香水が香るそれは、いつもよりそそっかしい感じがした。
無理もない。これからまもなく挙式なのだ。
「満足か」
その質問に対するあらゆる答えが喉元に押し寄せたが、
卓は込み上げる愛しさに一言、「うん」と笑った。
卓は知っていた。
最後のキスを、文句をいいながら、正嗣は必ずしてくれると。
今日この場所で杏奈と永遠の愛を誓う、その時までは。
だってこの不思議な関係は、ずっと長いこと続いてきたのだから。
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