《第1章 人魚の足跡 -missing-【1】》

5/6
198人が本棚に入れています
本棚に追加
/406ページ
 蝉はまるで周囲を気にするかのように声のトーンを一段階落として、ゆっくりもったいぶるように告げた。 《万楼と玄鳥ってデキてるから》 「……」  日向子は頭の中でゆっくりと、今聞いた言葉を一文字ずつスクロールさせた。 「あの……できてる、とはどういうことでしょうか??」 《つまりラブラブってことなわけよ。わかる? バンド内では一応公認なんだケドさ、やっぱ対外的にはちょっとヤバイんだよね~。だから内緒にしてんの》  日向子は早口で話す蝉の言葉を一生懸命拾いながら頭の中でひとつひとつ理解しようと試みる。 「……あの~……間違っていたら申し訳ないのですけれど、つまり万楼様が玄鳥様のことばかりお話されるのは、玄鳥様のことがとてもお好きだからということでしょうか?」 《そう!!それ!正解! もう全くありんこ一匹入れないくらい超ラブラブだから!》 「はあ……」  日向子は喉に引っ掛かった小骨が取れないような顔付きで考え込んだかと思うと、それがいきなりするっと取れたような晴れ晴れとした笑顔に転じた。 「ありがとうございます、わたくしどうしたらいいのかわかりましたわ!」 《え? なにが?》 「蝉様、大変ためになるアドバイスを頂きまして、本当に助かりましたわ」 《え?え? アドバイスって?》 「それでは今夜はもう遅いですし、わたくしはこれで失礼させて頂きます。おやすみなさいませ、蝉様」 《え、ちょっと、もしもしー……?》 「おはようございます、玄鳥様」 「はい、おはようございます」  出会い頭に、お互いに不自然なほど深いおじぎを交す日向子と玄鳥。 「よいお天気ですわね」 「そうですね。小春日和って感じですよね。なんか嬉しくなっちゃいますね。ははは……」  ちょうど横を通った有砂が何か言いたそうな顔をしていたが、一つ息を吐いてそのまま通り過ぎていった。  今日は日向子があらかじめ紅朱からリストアップしてもらっていた「見学OK」の練習日だった。 「今日はよろしくお願い致しますわね」 「はい、こちらこそ。……あの、変なこと聞いていいですか?」 「なんでしょうか?」
/406ページ

最初のコメントを投稿しよう!