《第1章 人魚の足跡 -missing-【2】》

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「あのさ」  玄鳥は思いきり目を半眼した。 「なんで、いるの?」 「暇だったのと、それと腹減ったから」  玄鳥が座っているテーブルの向かいには、日向子がお行儀よく座ってにこにこしている。  そして、玄鳥の隣には自分とよく似た顔をした男がちゃっかり座っている。 「なんだ? 俺がいたらまずい話でもする気だったのか?」 「いや、そんなことは別にないけど……兄貴が一緒に来るとは思わなかったから」  奥歯に物が挟まったようにもごもご話す玄鳥が、何かを隠していることは明白だったが、紅朱はあえて問いつめることなく、 「まあ、とりあえず食おう。俺はマジで腹減った」  と促した。 「あのさ」  玄鳥が再び水を差すように口を開く。 「なんで、杉屋なの?」 「俺が食いたかったからと、あとそいつが乗り気だったから」 「わたくし、杉屋さんでお食事するのは生まれて初めてですのよ!」  日向子は目の前に置かれた、牛丼(並)を覗き込みながら何故かはしゃいでいる。 「牛丼は杉屋に限るからな。絶対気に入るぞ、日向子」  牛丼(特)に七味をかけながら、何の気なしに語る紅朱の言葉に、玄鳥は思いっきりギョクの割り方をしくじった。 「おい、カラ入ってるぞ?」 「カラなんかどうでもいいよ。な、なんで兄貴、日向子さんのこと呼び捨てにしてるんだよ!」 「あ? 悪かったか?」  紅朱は日向子に話を振った。日向子は笑って、 「呼び捨てで結構ですわ。よろしければ玄鳥様もそうなさって下さい」 「えっ……ひ、ひな……こ……」  玄鳥は溜め息をついて首を左右して、 「……さん、でいいです。俺は」  早々に諦めた。  箸で丁寧に、混入したカラを選り分けながらもう一度深く溜め息をつく。 「……ま、いいか……嬉しそうだし」  上品は箸運びで牛肉と玉葱とごはんと紅しょうがを口に運び、頬をほころばせる日向子を見ていると、自然と玄鳥の表情も緩んだ。 「おいしゅうございますわ。紅朱様はよくこれをお召しに?」 「そうだな……俺は滅多に自炊しねェからな」 「実家から送ってきた野菜とかすぐ腐らせたり、カビ生やしたりするからな。兄貴は」 「まあ、それはもったいないですわ……」
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