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「あのさ」
玄鳥は思いきり目を半眼した。
「なんで、いるの?」
「暇だったのと、それと腹減ったから」
玄鳥が座っているテーブルの向かいには、日向子がお行儀よく座ってにこにこしている。
そして、玄鳥の隣には自分とよく似た顔をした男がちゃっかり座っている。
「なんだ? 俺がいたらまずい話でもする気だったのか?」
「いや、そんなことは別にないけど……兄貴が一緒に来るとは思わなかったから」
奥歯に物が挟まったようにもごもご話す玄鳥が、何かを隠していることは明白だったが、紅朱はあえて問いつめることなく、
「まあ、とりあえず食おう。俺はマジで腹減った」
と促した。
「あのさ」
玄鳥が再び水を差すように口を開く。
「なんで、杉屋なの?」
「俺が食いたかったからと、あとそいつが乗り気だったから」
「わたくし、杉屋さんでお食事するのは生まれて初めてですのよ!」
日向子は目の前に置かれた、牛丼(並)を覗き込みながら何故かはしゃいでいる。
「牛丼は杉屋に限るからな。絶対気に入るぞ、日向子」
牛丼(特)に七味をかけながら、何の気なしに語る紅朱の言葉に、玄鳥は思いっきりギョクの割り方をしくじった。
「おい、カラ入ってるぞ?」
「カラなんかどうでもいいよ。な、なんで兄貴、日向子さんのこと呼び捨てにしてるんだよ!」
「あ? 悪かったか?」
紅朱は日向子に話を振った。日向子は笑って、
「呼び捨てで結構ですわ。よろしければ玄鳥様もそうなさって下さい」
「えっ……ひ、ひな……こ……」
玄鳥は溜め息をついて首を左右して、
「……さん、でいいです。俺は」
早々に諦めた。
箸で丁寧に、混入したカラを選り分けながらもう一度深く溜め息をつく。
「……ま、いいか……嬉しそうだし」
上品は箸運びで牛肉と玉葱とごはんと紅しょうがを口に運び、頬をほころばせる日向子を見ていると、自然と玄鳥の表情も緩んだ。
「おいしゅうございますわ。紅朱様はよくこれをお召しに?」
「そうだな……俺は滅多に自炊しねェからな」
「実家から送ってきた野菜とかすぐ腐らせたり、カビ生やしたりするからな。兄貴は」
「まあ、それはもったいないですわ……」
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