《第1章 人魚の足跡 -missing-【2】》

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「お、おい」 「日向子さん……!?」  うろたえる二人をよそに、日向子は溶岩石のようなそれを箸でゆっくり口に運んだ。  そして。 「まあ……これはまた違った味わいで、とてもおいしいですわ」  と感嘆の声を上げた。 「嘘だろ……」 「本当に……?」  度肝を抜かれる二人に日向子はにっこり笑う。 「本当においしいですわよ。ほら、お一口どうですか?」  日向子は箸で、もはや食べ物とは思えないその物体をたっぷりとって、それを玄鳥に差し向けた。 「え?」  いわゆる「あーん、して♪」のシチュエーションである。  しかも割箸は日向子が使っていたもの。  玄鳥は、日向子の邪念の一片もない微笑みと、七味の塊を交互に見る。  玄鳥の胸は激しく動悸していた。 「い、言われてみればおいしそうに見えてきたかも……」 「おい、綾!? しっかりしろ。冷静に考えろ! 早まるなよ!!」  そもそものことの発端であるにも関わらず、必死に止めようとする兄の叫びは……残念ながら弟には届かなかった。 「俺……頂きます……!!」  そしてその直後、玄鳥は一声も発するいとまもなく、全速力でトイレに走って行った。 「綾……あいつ、いつからあんな冒険野郎になったんだ??」 「……まあ、おかしいですわね、こんなにおいしいですのに」  少ししゅんとしながら、もくもくと七味まみれの牛丼を食べ続ける、味覚音痴の疑いのある日向子を、紅朱はしばらく半分引き気味で見守っていたが、 「意外だ」  ふと呟いた。 「お嬢様は他人が箸つけたもんなんて、絶対食わないと思ってたんだが……」  日向子は箸を止めた。紅朱を見やって、言った。 「……わたくし、はしたないことをしてしまったのでしょうか?」 「いや」  紅朱は微笑する。 「そういうお嬢様がいたっていいと思う……お前は本当に、面白い奴だな」
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