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「お、おい」
「日向子さん……!?」
うろたえる二人をよそに、日向子は溶岩石のようなそれを箸でゆっくり口に運んだ。
そして。
「まあ……これはまた違った味わいで、とてもおいしいですわ」
と感嘆の声を上げた。
「嘘だろ……」
「本当に……?」
度肝を抜かれる二人に日向子はにっこり笑う。
「本当においしいですわよ。ほら、お一口どうですか?」
日向子は箸で、もはや食べ物とは思えないその物体をたっぷりとって、それを玄鳥に差し向けた。
「え?」
いわゆる「あーん、して♪」のシチュエーションである。
しかも割箸は日向子が使っていたもの。
玄鳥は、日向子の邪念の一片もない微笑みと、七味の塊を交互に見る。
玄鳥の胸は激しく動悸していた。
「い、言われてみればおいしそうに見えてきたかも……」
「おい、綾!? しっかりしろ。冷静に考えろ! 早まるなよ!!」
そもそものことの発端であるにも関わらず、必死に止めようとする兄の叫びは……残念ながら弟には届かなかった。
「俺……頂きます……!!」
そしてその直後、玄鳥は一声も発するいとまもなく、全速力でトイレに走って行った。
「綾……あいつ、いつからあんな冒険野郎になったんだ??」
「……まあ、おかしいですわね、こんなにおいしいですのに」
少ししゅんとしながら、もくもくと七味まみれの牛丼を食べ続ける、味覚音痴の疑いのある日向子を、紅朱はしばらく半分引き気味で見守っていたが、
「意外だ」
ふと呟いた。
「お嬢様は他人が箸つけたもんなんて、絶対食わないと思ってたんだが……」
日向子は箸を止めた。紅朱を見やって、言った。
「……わたくし、はしたないことをしてしまったのでしょうか?」
「いや」
紅朱は微笑する。
「そういうお嬢様がいたっていいと思う……お前は本当に、面白い奴だな」
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