《第1章 人魚の足跡 -missing-【2】》

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 日向子は少し安心したように頷いた。 「父ならおそらく叱ると思いますわ。けれどわたくし、幼少の頃に、けして食べ物は無駄にしてはいけないと母に教えられましたの」 「へえ……そりゃ立派なおふくろさんだな」 「……ええ。自慢の母です。随分前に亡くなりましたけれど」 「……そうか」  紅朱は熱いお茶をすすりながら、微かに目を伏せた。 「……でもそんなふうに母親とのいい思い出があるなら、お前は結構幸せだな」 「紅朱様と玄鳥様のお母様も素敵な方ですわね」  紅朱は苦笑する。 「ああ。優しい母親に、真面目な父親、出来すぎ君な弟……確かに、俺にはもったいないくらいいい家族だと思う……」  顔を合わせると乱暴な口調でそっけなく振る舞う紅朱が、ふと垣間見せた本当の気持ち。  日向子は単純になんだか嬉しかった。  紅朱の言葉の裏には単純ではない思いがあったのだが、それはまだ気付ける筈もないことだった。 「そういえば先程玄鳥様を、綾、とお呼びでしたわね? 玄鳥様の本名は綾様とおっしゃるのですか?」 「ああ、言ってなかったか。浅川綾だ。女みたいな名前だろ?」  少し意地悪く笑う紅朱だったが、 「では紅朱様は?」  と尋ねられ、それを打ち消した。 「……き」  ボソッと告げたものの、日向子には全く聞き取れない。 「はい?」 「……錦(ニシキ)」  認識出来る程度に、少しはっきりした口調で言い直した後、間髪入れず、 「でも俺は紅朱だ! この名前では呼ぶな。絶対にな!!」  語気を荒げて言い放った。  と。 「なッ」  紅朱は言葉を失った。  突然、日向子の両目がうるうると揺れて、ハラハラと涙の滴が溢れ始めたのだ。  無色透明な涙の滴は音もなく、とめどなく、とめどなく、頬を伝い落ちる。 「なッ、なんで泣いてんだよ……!? そんなにキツイ言い方したか!? おい!!」  日向子は黙ったまましくしく泣いている。 「黙ってちゃわけわかんないだろ!? どうしろってんだ、日向子! おい!!」
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