《第1章 人魚の足跡 -missing-【3】》

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 ここは万楼のマンションのすぐ近くのスーパーマーケットなのだが、売り場の位置を把握していない万楼はさっきからキョロキョロしてばかりいた。  その背中があまりにも不安げで、心細く思われて、日向子は思わず呼び掛けた。 「万楼様」 「……なに?」  日向子は少しだけ考えて、慎重に言葉を探した。 「……きっとお母様の研究は、世の中のためになるご立派なものなのだと思いますわ。 万楼様のデータもきっと、たくさんの人たちのために使われた筈です。それは大変、意味のあることではないでしょうか」  万楼はカートを止めて、日向子を振り返った。 「うん……そうだといいな」 「万楼様は力持ちでいらっしゃいますわね」 「そう?」 「初めてお会いした時も、わたくしを軽々と支えて下さいました」  万楼は45リットルの買い物袋いっぱいの荷物二つを涼しい顔で軽々と持って、日向子と並んで歩く。 「別にそんなに重くないよ? 荷物もお姉さんも」  万楼はくすくす笑う。 「それともボクがこういう見た目だから、意外だって思われてしまうのかな」 「まあ、そのようなつもりではありませんでしたけれど……お気に障りまして……?」 「ううん。ボクはギャップで売ってるからいいんだ」 「売ってる、ですか。それはようするに、他の人にそのような認識を与えたい、ということですわよね? 確か紅朱様も以前そのようなことを……」 「なんとなくだけれどね、みんなやっぱり多かれ少なかれ自己演出はしていると思うんだ。 メイクをしたり、本名とは違う名前を名乗ったりするのもそうだし。 ……それはまたチーム内での役割分担、でもあるのかな」 「役割……」  秋の日暮れ。  アスファルトに長く伸びた2つの影は、夕景をゆっくりと進む。 「例えばリーダーはリーダーだから、よりリーダーらしくあろうと努力してる。 玄鳥はリーダーの弟だから、絶対にリーダーよりでしゃばらないよね」 「そうですわね……では、万楼様の役割は?」 「ボク? ボクは……」  少しずつ、残照が遠くのビル街に吸い込まれていく。  黄昏が訪れる。 「代役」
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