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「代役」で構わないということ、いつか記憶が蘇れば粋の行方がわかるかもしれないということを主張して、heliodorのメンバーにしてもらったという経緯。
そして《万楼》を自ら名乗るのは、本物の《万楼》がいつか気付いて訪ねて来ることを期待してのことだという事情。
万楼はあまりにもあっさりとそれらを物語る。
そんなことは自分にとっては大した問題ではないとでも言いたそうだ。
けれど日向子にはなんとなくわかり始めていた。
辛いことだからこそ、万楼は話すのだ。
ヒリヒリとしみる傷跡を、ゆっくりと湯舟にさらしてなじませるように、そうやって心の痛みを緩和しようとしている。
実の母親からモルモットのような扱いを受け続け、愛情を得られなかったことが哀しくないわけがない。
平気なら、こんな奇妙な食生活を送っているわけがない。
そして本当は……万楼は代役などではなく、真の意味でheliodorの仲間になりたいと思っているのではないのか??
「そろそろ、ルーを入れる?」
万楼の笑顔はもはや、痛々しいものにしか見えない。
日向子にはどんな言葉が万楼を救うのかまだわからなかった。
そもそも言葉などで救えるのかどうかもよくわからない。
気休めでは何もならない。
もしも紅朱たちが実際、万楼を代役として見ていて、本当は粋を必要としているというのなら、日向子にはどうすることもできないのだから。
「お姉さん……?」
今できることは話を聞いてあげること。
少しでも痛みが和らぐように、笑ってあげること。
「……そうですわね、ルーを入れましょう。それと、これも」
日向子は中辛の市販のルーと、硝子の小瓶に入った赤茶色の粉末を持ち出した。
「その粉は何? さっき買ったものじゃないよね」
「これは今朝、雪乃がくれたスパイスですわ。カレーを作るなら是非使うようにと言っておりました」
「……ふうん。雪乃さんか……その人、ボクたちのことあんまりよく思ってなさそうだよね」
「そうでしょうか……? わたくしはよく……」
万楼は小瓶を少し振ってハラハラ舞う粉を見つめる。
「実は毒、だったりして」
「はい?」
「……なーんてね」
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