《第1章 人魚の足跡 -missing-【4】》

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「日向子っ」  瞬間、紅朱はかつてないほど強烈な勢いで日向子を睨んだ。 「お前っ……縁起でもないこと言ってんじゃねェよ……!!」 「お静かに……」 「……っ」  日向子は、万楼の寝息が途絶えないのを確認するように寝顔に一度視線を落とした後、再び紅朱を見た。 「けれどもしかしたら……このショックがきっかけで万楼様の記憶がお戻りになるかもしれませんわ」 「なっ」  紅朱は驚愕の面持ちで日向子を見返した。 「お前……」 「もしそうなれば……棚からぼたもち、とてもラッキーですわね」 「……ラッキー……だと?」  紅朱は日向子に詰め寄り、その両肩を掴んだ。玄鳥がしたのとはまるで違う、荒々しい仕草で。 「ラッキーなわけねェだろッ!? お前いい加減にしろよ!!」 「痛……ッ」  その力の強さに日向子は小さく悲鳴を上げた。 「仲間の身が危険に晒されたことがなんでラッキーなんだ!? 記憶が戻るかどうかなんて今はどうだっていいだろ!?」  日向子は苦痛に顔を歪めながらも、まだ紅朱を真っ直ぐ見つめていた。 「……万楼様が大切ですか?」 「くだらないこと聞くな……!」 「大切ですわね?」 「大切じゃないわけねェだろ……!!」 「誰の替わりだからでもなく……?」 「当たり前だ!!」 「……だ、そうですわ、万楼様」 「そう。リーダー、そんなにボクのこと好きだったんだ」  日向子の肩を掴んでいた両手はいきなり脱力した。  紅朱はあっけにとられた様子でベッドを凝視していた。  日向子は痛みの余韻に耐えながらも笑みを浮かべて、ベッドを振り返る。  大きな二つの瞳が、そんな二人を映して揺らめいている。 「……大切だ、って思ってくれてたの……?」  万楼の桜色の唇が、微笑を形づくる。頬は薔薇色に染まっていた。
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