《第1章 人魚の足跡 -missing-【5】》

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「でもさ、いくらなんでも少し作り過ぎたんじゃない? あのカレー」 「一度カレーを作ったら三日間は食べ繋ぐのが独り暮らしのセオリーというものですわよ。最終日はカレーうどんですわ」 「……お姉さん、時々お嬢様らしからぬ発言するよね」 「ええ、そのような『キャラで売って』おりますのよ。ふふ」 「はは」  翌日。協力してもらった病院関係者に丁重なお礼をした日向子と万楼は、院内の小さなカフェで少しお茶することにした。  ピンクがかった白金の髪の美少年と、物腰優雅な金に近い茶髪のお嬢様の取り合わせは病院という建物の中では取り分け異色であり、色々な意味で周囲の目を集めていた。 「この病院は大きくて色々な設備があって、内装も立派だな。高松でボクが入院してたところはもっと小さくて古い病院だった」 ――気分は悪くないかい? ――うん……ぼーっとしてる、かな ――自分の名前は言えるかい? ――響、平……能登 響平(ノト・キョウヘイ)…… ――響平くん、君は大変な事故に遭って、丸5日意識が戻らなかったんだ。もうしばらく静養は必要になるけど、心配はいらないよ ――……そう、5日も……寝てたんだ……もったいなかったな…… ――ははは、早く元気にならないとね ――うん……早く帰らないとな。万楼が心配するし…… ――万楼? 友達かな。それとも響平くんの彼女かい? ――万楼は…… ――万楼は? ――……万楼は…… ――……響平くん? ――……万楼……って、誰……だっけ……? わからない……ぼーっとする……なんでかな…… ――目覚めたばかりで混乱しているのかもしれない もう少し休もうね ――……なんで……? 思い出せない。忘れちゃいけないのに……万楼…… 「あの時の心細さは……言葉に出来ないな」 「万楼様……」  ホットココアを飲みながら、万楼は苦笑する。 「あまりにも思い出せないと、だんだん思い出すのが怖くなったりして……思い出さないほうがいいから思い出せないんじゃないかとか、思うこともある。 僅かな記憶を頼りに上京して、heliodorで弾くようになってからは尚更だね」  唇についた生クリームをぺろりと舐め取る。 「本当は……記憶が戻らなければ、ボクはずっとここにいられるのかな……って思ったりもしたんだ」
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