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恐らく今まで誰にも話したことなどないだろう、万楼の本音。
日向子は胸の奥を締め付けられたような気がして、レモンティーの赤い水面に視線を落とした。
「……だけど、昨日リーダーの気持ちを聞けて……それに、お姉さんに『胸を張ればいい』って言われて、今は少し考え方が変わったんだ」
日向子はゆっくりと視線を上げた。
万楼は大きな瞳を少し細めて日向子をじっと見ていた。
その表情はどこか今までより大人びて見え、日向子は一瞬ドキッとしてしまった。
「ボクは絶対に記憶を取り戻す。万楼が本当に粋さんなら、必ず見つける……だって、みんなの思い出の中の粋さんには絶対に勝てないからね」
「……譲らない、おつもりなのですか?」
「うん……ボクは頑張って粋さんよりスゴいベーシストになる。負けたくないって心から思うよ」
決意を語る言葉には、迷いも悲壮感ない。
間違いなく彼は、一つの壁を乗り越えたのだ。
「……格好良いですわ、万楼様」
心の底からそう評した日向子の笑顔に、万楼は一瞬目を見開いて、伏せた。
「……少しわかった。玄鳥の気持ち」
「はい?」
「独り言だから気にしないで……それより、今日の練習見に来るの?」
「はい、お邪魔させて頂く予定ですわ」
「今日は新曲の練習だよ。半年前くらいからあったんだけど、紅朱の詞がなかなかつかなくて眠ってた曲があるんだ」
「まあ、詞が出来たのですね?」
「うん。今朝ね。曲名は確か……」
「《spicy seven》」
イントロからダークな印象の妖艷なベースフレーズと、メロディアスなギターが中心となる、heliodorが得意とするタイプのミディアムチューン。
それは万楼加入後のheliodorのスタイルを象徴するようなサウンドだった。
《限りなく 凶悪な挑発
召し上がれ 錆色のプリズム
自業自得の 憐れな末路は
犬も食わない カタルシス
誘惑は今宵 致死量
口移し 緋色のポイズン
罪の意識が 稀薄な君を
責められないまま 最終章
罠は巧妙 手口は簡潔
引き金は 不用意な一言
オチたが 煉獄
灼熱の spicy seven
灰になったこの僕に
君の涙は 遅すぎた》
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