《第1章 人魚の足跡 -missing-【5】》

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「新曲も素敵な曲でしたわ」  練習が一段落すると、日向子は少し興奮したようにメンバーたちに歩み寄った。 「玄鳥様が作曲を?」  問われた玄鳥は少し残念そうに首を左右した。 「あいつの曲ですよ」  と目線で自分の右側を示した。 「そう、ボクの曲。気に入ってくれてよかった!」  万楼がにこにこしながら駆け寄る。 「もう日の目を見ないかと思ってたんだけどね」 「悪かったな」  椅子に半ばふんぞり返るような姿勢で足を組み、ペットボトルのコーラを飲みながら、紅朱が口を開く。 「ずっと詞が浮かばなかったんだからしょうがねェだろ」 「でも無事に完成されましたわね……何かきっかけになることでも?」  真面目に問掛けた日向子を、紅朱はニヤっと笑いながら見やった。 「わかんねェのか? めでたい奴だな……なあ、綾?」  話を振られた玄鳥は何故か微かに頬を赤く染めて視線を逃がした。 「日向子さんは気付かなくていいです。……まったく、兄貴の悪ふざけは毎回質が悪いんだから……」  日向子が「spicy seven」の意味するところがあの調味料であることに気付くには、まだまだ時間がかかりそうだった。 「リーダー、ボクにもあとで教えて!」 「例のヤツを完全消去するなら教えてやってもいいぞ」 「それなら別にいいや」 「あ、てめェ」 「『大切じゃないわけねェだろ……!!』のほうが大事だから」 「一々言うなっつーの!!」 「まあ、すっかりお二人もらぶらぶですわね」 「はァ!?」 「兄貴、それはあんまり気にしないでほうが……」  フロントチームと日向子は集団コントの様相となってきていたが、一方でうるさいほどにぎやかなその様子を外側から見守る者も二人もいた。 「……なんかさぁ、新密度上がりまくってんだケド……」 「……そのようやな」 「玄鳥は完璧持ってかれてるし、万楼もすっかり懐いちゃって……」 「……オレとしてはむしろ……あの紅朱が、特定の女をイメージした詞を書いたことのほうが驚きやけどな」  蝉ははっとしたように有砂を見た。 「……そっか……こんなこと、この3年間一度も……」  そして、視線を戻した。  日向子の楽しそうな笑顔と、何かムキになってがなっている紅朱の顔が視界に入る。  蝉は唇を、噛んだ。
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