《第1章 人魚の足跡 -missing-【5】》

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 ポロン。  澄んだ鍵盤の音が、不意に響いた。  楔を打ち込まれたように会話が途絶え、全員が音のほうを振り返る。 「日向子ちゃん」  蝉は、振り返り様の日向子に名を呼び掛けた。 「はい?」 「……今日、一緒に帰ろうよ」 「え……わたくしと、蝉様がですか……?」  あまにりも思いがけない提案だった。  蝉は人懐っこい気さくで明るい笑みを浮かべる。 「オレのバイクで送ったげる♪ ……たまには新鮮じゃない?」  日向子はややあってから、 「あ、はい。ありがとうございます」 と素直に返事をした。  蝉は満足そうに大きく頷く。 「じゃ、ヨロシクね☆」  その一部始終を冷めた目で見ていた有砂は、我関せずといった様子で欠伸を噛み殺していた。 「これがおれの愛車。どぉどぉ? カッコよくない?」  新しくはないが隅々まで手入れの行き届いた、鮮やかなメタリックブルーのネイキッド。  日向子はそれを珍しそうに見つめた。 「わたくし、バイクに乗せて頂くのは初めてですわ」 「マジで~? じゃあ遠慮なく日向子ちゃんの初めてもらっちゃおっと」  蝉はどうやら用意してあったらしい、ライトグレーのフルフェイスのメットをそっと日向子に被せた。 「まあ、なんだかドキドキしてしまいますわ」  そわそわする日向子をしばし見つめていた蝉は、 「あのさ」  やがて、改まった口調で話し始めた。 「……万楼と紅朱のこと、サンキュ。二人が歩み寄るきっかけになってくれてマジで助かった」 「蝉様……」 「紅朱はさ、なかなか万楼を受け入れてやれなかったんだよ……自分でもどうしていいか、多分わかんなかったんだと思う」  メットに遮られてはっきりわからない日向子の表情。  蝉は、それでも真っ直ぐ見つめながら告げた。 「今でも紅朱は粋だけを、愛してるから。一人の女の子として」 「……紅朱様……が?」 「あいつら、付き合ってたんだよ。少なくとも紅朱は本気だった」  息を継ぐ間もなく続ける。 「だから今でも粋に帰って来てほしいと思ってるし……粋が知らない街で他の男と一緒に暮らしてたかも、なんて言われたらぶっちゃけそりゃ悔しいわけ。 万楼に対して複雑な気持ちを持つのは当然じゃん?」
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