《第2章 悪夢が眠るまで -solitude-》【2】

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 約束の日、約束の時間。  目黒駅で待っていた日向子の前に、少し遅れて有砂が現れた。  条件付きの取材許可を得た日向子は、どこへ向かっているのかもよくわからないまま有砂の後ろにくっついていった。  会話らしい会話もないまま、10分弱歩いたところで、どうやら目的地とおぼしき場所に到達したようだった。 「有砂様……ここは?」 「……見ての通りの撮影スタジオ」 「撮影スタジオ……ですか」  日向子がほうけたように小綺麗な建物の外観を眺めていると、中から誰かが出てきた。 「佳人くん、今日も遅刻したのね」  カジュアルな赤いスーツを着た、30代なかばほどの女性だった。  10センチのピンヒールがカツンカツンと硬質な音を響かせる。  化粧も、服装も派手なものだったが、それが見事にはまる華やかな雰囲気の美人で、アシンメトリーの前髪から覗く瞳はパープルのカラーコンタクトで飾られている。  女性は日向子を見て、ふっと微笑した。 「あら、可愛らしいひとと一緒なのね」 「……音楽雑誌の記者。撮影の合間に取材受けるから、邪魔にならんとこにおいといてくれませんか?」 「そんなに冷たい言い方をすることないでしょうに。ふふ……」  女性は淡い紫のマニキュアで染まった左手の指を肉感的な唇に当てて、くすくすと笑った。  薬指に、ゴシック調を取り入れたハートモチーフのシルバーのリングが煌めいていた。 「はじめまして。可愛い記者さん。わたしは沢城薔子(サワシロ・ショウコ)……佳人くんの義母(はは)です」  日向子はぱちぱちと瞬きを繰り返しながら、有砂をゆっくり振り返る。 「よしひと様……は、有砂様、ですよね?」 「……そうやけど」 「ということは薔子様は……有砂様のお義母様!?」 「そうやゆーてるやろ……」  苛立った雰囲気の有砂とは対称的に、薔子は余裕に満ちた大人の女性だけが浮かべられる微笑を浮かべたままだ。 「……さあ佳人くんは早く準備に入ってちょうだい。……彼女のお相手はわたしがするわ」 「佳人くんはねえ、主人の連れ子なの」  ローズティーの甘い香りがふわりと広がる。 「《SIXS(シックス)》というブランド、ご存じかしら」
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