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当然のような顔で頷く日向子を見て、薔子は先程と同じ仕草で笑った。
「本当にあなたって可愛らしいのね」
そしてまたその紫色の双眸を有砂のほうに向けた。
「……あなたにもそのうちわかるんじゃないかしら。
……あの子には大切なものなんて何にもないってこと。自分自身も含めてね」
「そのようなこと……」
反論の言葉をつむごうとした日向子の脳裏に一昨日のできごとがよぎった。
あの時の有砂は、確かにあのまま殺されても別に構わない……そんなふうに見えた。
まるで生きることに執着が感じられない。
撮影が一区切りついたらしい有砂が、ゆっくりと日向子たちのほうに近付いてきた。
「次の衣装がまだ到着してへんゆーて……40分くらい、待ちやから……その間にちゃっちゃとやってくれ」
「あ、はい……!」
待ってましたとばかりの日向子だったが、
「……その前に、少し打ち合わせさせてちょうだい。向こうの部屋でね」
薔子が立ち上がった。
「あ、はい。どうぞ」
取材の条件1は有砂の邪魔をしないこと、だ。
絶対に仕事の邪魔になってはいけない。
有砂を連れて、ピンヒールを鳴らしながら薔子が隣の部屋に消えてしまうと、日向子は少し冷めたローズティーを口にした。
ほんのり、苦いような気がした。
ふと横を見ると、薔子が座っていた椅子の上に、ぽつんと携帯電話が置かれているのに気付いた。
恐らくは薔子のものだろう。
サブディスプレイに着信あり、の表示が出ている。話に気をとられて気付かなかったのだろうか。
日向子は少し迷ったが、薔子に渡しに行くことにした。
「お仕事の急な連絡かもしれませんし……ね」
携帯を手にして、立ち上がった日向子が隣室のドアのほうへ行くと、
「君、開けないほうがいいよ」
若い撮影スタッフの一人が声をかけてきた。
「……なぜでしょう?」
「……なぜも何も、暗黙のルールなんだよ。……首をハネられたくなければ、全て女王様のお心のままに、ってとこかなぁ」
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