198人が本棚に入れています
本棚に追加
「女王様の、お心のままに……」
その時、日向子の手の中で薔子の携帯が振動をし始した。
「大変……また着信が。やっぱりお届けしないと」
「だからダメだって。まったく……」
若い撮影スタッフは、呆れた顔で隣室のドアに手をかけて、音を立てないようにそっと、1センチほどの隙間を開けた。
「……覗いてみればわかるよ」
「まあ、覗き見だなんて……よくないですわ」
「いいから」
強く促されて、日向子はためらいながらもそっと、隙間から部屋の中を覗いた。
あまり広くはないその部屋にはメイク台や大きい鏡などがあって、どうやら控室のようなところらしかった。
日向子は二人の姿を探して視界を旋回させ、そして、止まった。
日向子の瞳は大きく揺らぎ、見開かれたまま停止する。
メイク台に腰を下ろした薔子は、楽しそうに笑っていた。
リングをはめた左手で有砂の身体を引き寄せて、右手でそのスーツのシャツのボタンを1つずつ外して。
「……また怪我が増えたのね。いけない子……売り物に傷をつけたりして」
「……もともと、傷モノなんで」
「……ふふふ」
ボタンを全て外し終えた右手が有砂の顎のラインを撫でて、肩口を掴み、そして、引き寄せた。
唇が、重なる……。
日向子はそこで、ドアに背中を向けた。
「わかったかい? ……そういうことだから、遠慮してね」
若い撮影スタッフは苦笑いして見せる。
「……血縁はないし、母子って言うには年も近すぎるとはいえ……ねえ。女王様にも困ったもんだよ。
……ああ、この件は一応内密にね」
そう言い残して急いで作業に戻っていった。
日向子の手の中で、うるさく騒いでいた携帯がついに沈黙した。
日向子も沈黙したまま、うつむいていた。
有砂が義理の母親と、深い仲であるらしいという事実もかなり衝撃的だったが、それよりも胸が痛いのは、今、薔子の言葉に反論できなくなりつつある自分に対してだった。
有砂には大切なものが、ない。
自分自身ですら大切では、ない。
「本当に……そうなのですか? 有砂様……」
最初のコメントを投稿しよう!