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携帯の終話ボタンを手探りで押した紫色の爪先が、再び目の前に開かれた胸元に触れる。
「……やっぱり、わざとやったんですね……携帯」
「ふふ……意地悪だったかしらね」
「……そうですね」
「……だって頭にくるでしょ? 何にも知らない小娘がこのわたしに反論しようなんて、生意気だわ」
黙ったままの有砂の背中に、細く、しなやかな両腕が回される。
「……あんな、頭の弱そうなお子様は、あなたにはふさわしくない……そうよね? 佳人……」
「……珍しいこともあるもんだ」
ミラー越しに、こちらへ向かってくる日向子の姿を確認して、蝉は車を降りた。
「お嬢様が自分から迎えに来て~、なんて……どういう風の吹き回しかな」
胸ポケットの眼鏡をかけて、「雪乃モード」を「オン」にする。
「お迎えに上がりました。お嬢様」
うつ向き気味に歩いていた日向子は、ゆっくり顔を上げた。
「雪乃……」
「……お嬢様? いかがなさ……」
揺れる瞳から、雫が滑り落ちる。
「……雪乃……!」
そのまま日向子は、雪乃の胸に飛び込んできた。
「……お嬢、様……?」
「ごめんなさい……っ、今だけ……少しだけ……」
雪乃は、わけも話さず泣き続ける日向子に身体を明け渡したまま、立ち尽くしていた。
《つづく》
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