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《第2章 悪夢が眠るまで -solitude-》【3】
懐かしい、メロディが聞こえる。
美しく優しく、どこか悲しいピアノの旋律。
「レディ、何故泣いているのですか?」
低く、心地好く響く甘やかな声。
「……伯爵様……」
漆黒のロングコートをまとった青年は、右手の革の手袋を外して、芸術品のように美しい形をしたその手を差し出した。
「いらっしゃい」
日向子はためらいがちに手を伸ばし、その手を取った。
ひんやりと、冷たい。
「……レディ、貴女を悲しませるものはなんだろうか?」
「わたくしが……悲しいのは……」
すん、と鼻を鳴らして涙を飲み込む。
「人の心が、わからないからです……」
「これは奇妙なことを……他人の心がわかる者など、どこにもいる筈がない。この私とて、貴女の心を透かし見ることなど叶わないのだよ」
「……ではわたくしは、どうすれば……」
「伯爵」はコートの中に日向子をそっと抱き込んだ。
「どうすればいいかわからない……では私が『こうしなさい』と言ったら、そうするのかな? レディは」
「……え……?」
「それならば私の意見はこうです……『あきらめなさい』」
驚いたように視線を上げる日向子。
ぼやけた視界の中で、「伯爵」は優しく笑う。
「……今『そんなの嫌だ』と思ったね? それが……全てだよ」
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