《第2章 悪夢が眠るまで -solitude-》【3】

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「……伯爵様……」  重い瞼を開けた。 「……夢……?」  そう、それは夢だった。  けれど。  目が覚めた後も、あのメロディは確かに日向子の耳に届いていた。 「……ピアノ……」  日向子の視界には、毎日挨拶をする伯爵の肖像がある。  ここは間違いなく自宅のピアノ室らしかった。  誰かが日向子のピアノを弾いているのだ。  日向子はその音色を奏でる者を確かめるべく、身体を預けていたソファからゆっくり上体を起こす。  グランドピアノの前に座る人物の、オレンジ色の髪を見た瞬間、日向子は息を呑んだ。 「ぜ、蝉様……!?」  演奏が、止まる。 「おはよん♪ 日向子ちゃん」  蝉はにっこり笑う。 「びっくりした?」 「び、びっくり致しました……」 「遊びに来たんだけど、迷惑だったかな?」  日向子は寝起きということも手伝って、ゆっくりとパニック状態に陥ろうとしていた。 「あ、あの……雪乃は……」 「雪乃さんって、あのクールでかっこいい人? その人がおれを部屋に入れてくれたんだケドさ、急用があるとかで出掛けちゃったんだよねー」 「まあ、そうでしたの……」  よく考えてみればあの雪乃に限って、よく知らない男を日向子の自宅に上げて、あまつさえ二人きりにしていなくなることなどありえないのだが、今の日向子は気付く余裕がない。 「今の曲……mont suchtの『月影逢瀬』……わたくしの好きな曲ですわ」 「マジで? そりゃちょうどよかったなぁ」 「……ありがとうございます。おかげ様で、良い夢が見られたような気が致しますわ」 「……そっか」  蝉はどこか満足そうに呟いて、立ち上がった。 「ホントはさ、話そうと思って来たんだよね」 「え……?」 「まあ、日向子ちゃんが聞きたければ話すし、聞きたくなければ話さないつもりだケド」  蝉は日向子が上体を起こしたことで生まれた、ソファのスペースに腰を下ろした。 「あいつのコト、まだ知りたいって思う?」 「あいつ……と申しますと……」 「日向子ちゃんを泣かせたバカのコト」 「……有砂様の……」  蝉はじっと日向子を見つめて、待つ。  日向子はその視線を受け止めて、そして、答えた。 「まだあきらめるわけには参りません……わ」
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