《第2章 悪夢が眠るまで -solitude-》【3】

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「おれが施設で育ったって話、誰かに聞いた?」 「はい……伺いました」  リビングに場所を移し、温かい紅茶とお茶うけのリーフパイが乗ったテーブルで、蝉は話し始めた。 「実はよっちんも一時期だけ同じ施設にいたことがあって、おれたちはそん時に出会ったんだ」 「でも、有砂様にはご家族が……」 「うん、そうなんだけど……ある事件があって、その後始末に大人が追われてる間、よっちんは施設に匿われてたんだよね」 「事件……」 「……よっちんさ、双子の妹にナイフで刺されたんだって」 「……!」  それは一言で十分過ぎるほど陰惨で残酷なインパクトを日向子にもたらした。 「その双子の妹が『有砂』ちゃんっていうんだ。 よっちんのホントのお母さんのモデル時代の芸名でもあるんだけどね」  「有砂」という名前は、「沢城佳人」にとっては、深い因縁のある名前らしかった。 「よっちんが物心ついた頃には両親の仲はとっくに冷えてて、親父さんには何人も愛人がいたみたい。 お母さんも精神的に追い詰められて、子どもにまで手が回らなかったんじゃないかな。 そんなんだから、よっちんと有砂ちゃんは、いつも二人きりで、小学校に上がってからも一緒のベッドで寝るくらい仲が良かったんだって」 「それでは……何故?」 「親父さんが愛人の一人……薔子さんと再婚するってんで、ご両親は結局破局。お母さんは子どもを二人とも引き取りたかったんだケド、経済的に無理だったらしい。 で、有砂ちゃんだけを引き取った。……有砂ちゃんはお母さんによく似てたから、薔子さんにあんまり気に入られてなかったみたいで。 その頃のよっちんには有砂ちゃんが全てだったから、マジで辛かったと思う」  日向子の胸は痛んだ。  有砂にも……大切なものは、あったのだ。 「離れてから一年ちょっとしたある夜に、よっちんは親父さんたちに内緒で有砂ちゃんに会いに行った。 お土産の、お菓子を持ってさ。 もちろん、喜んで迎えてくれるって信じてたんだケド……その夜、事件は起きた」  蝉は、わずかに目を伏せる。自分で話していて、いたたまれなくなったというように。
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