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チャイムを三回鳴らしたが、応答がなかった。
部屋には薄く灯りがついているし、駐車場には有砂の車があるのを確認したから、いないわけではない筈だ。
少し迷ったが、そんな時は使うようにと託された蝉の鍵を、日向子は使うことにした。
蝉は鍵を渡す時あっけらかんと、「マンションの名義はおれだから! おれが許可したってことで気にしなくていいよ♪」などと言っていたが、やはり人の家に勝手に入るのは少し気が引ける。
「……お邪魔致します……」
小声で呟きながら、ゆっくりドアを開けた。
「有砂様……いらっしゃいますの……?」
玄関口と入ってすぐのダイニングは灯りが消えて真っ暗だった。日向子は闇に目をこらす。
室内は「生活感」という表現で許される程度には散らかっていたが、男二人が居住する空間としては綺麗なほうだった。
もっとも日向子は男性の部屋に立ち入った経験が、先日の万楼宅の他は父の書斎くらいしかないので、その辺りの感覚はよくわからなかったが。
転がっていたビールの缶を踏みそうになったり、部屋干ししていた洗濯物に頭をぶつけたりしながらダイニングを横断し、日向子は灯りが漏れているドアを目指した。
そしてようやくたどり着き、ドアノブを掴んでひねろうとした瞬間……。
先にドアノブが回転し、日向子の意思と関係なしに、目の前のドアが開いた。
「っ」
そのまま日向子はろくに声も出せずに固まった。
ドアの向こうから姿を見せた有砂も、その瞬間目を丸くして絶句していた。
ふわり、と微かに甘い香りを含んだ温かい水蒸気が日向子の頬を撫でる。
ぽたり、と有砂の髪から滴った雫がその鎖骨の窪みを経由して、厚くはない胸を流れ落ちるのを無意識に目で追っていた。
そこには真新しい青い痣と、引き攣れたような古い傷痕がある。
「……どこ見てんねん。どスケベ」
「えっ、あ、あの……申し訳ありません! そのようなつもりでは……」
流石の日向子も顔を赤く染めて、くるっと回って有砂に背中を向けた。
そこはバスルームのドアだったのだ。
かなり大きなサイズのバスタオルをばっさりと頭から被ってはいたが、一糸まとわぬ有砂の上半身はほとんど完全に晒されている。
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