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「そう……辞めるのね」
「ええ……元々契約は3年やし、潮時やと思いますんで」
「モデルの仕事は楽しくなかったかしら」
「……普通、かな」
「最高に可愛くない感想ね」
カップとソーサーがぶつかる、硬質な音が響き渡った。
「じゃあ……わたしは? 楽しくなかった?」
テーブルに肘をついて顎を乗せた薔子は、上目で有砂の涼しげな顔を見た。
「楽しくなくはないですけど……」
有砂はにこりともせずに答える。
「毎回毎回、最中に名前間違われるんは、流石に興冷めですね……」
薔子は目をすがめた。
「構わないと言ったのはあなたじゃなかった?」
「……」
「いいわ。追いすがるとか趣味じゃないの。終わりにしてあげる」
華やかな赤い唇に、どこか哀しげな笑みが浮かぶ。
「もう会うこともないかもしれないわね……わたしはあなたの『お義母さん』ですらなくなるんだから」
ネイルで彩られた左手の薬指には、リングがない。
「今度のママは、あなたより年下だそうよ。良かったわね、若いママができて……」
有砂は何も言わない。
「所詮わたしは、もう何年も前から名ばかりの女王だったわ……あなた、わたしをずっと憐れんでいたでしょう?
初めて会った時からずっとそんな目をしてたから、生意気で、許せないと思ってた。
だから汚してやろうと思ったのに、無駄だったみたい……当然よね。
赤く塗り潰しても白薔薇は白薔薇でしかないんだから……」
紫色の瞳から溢れた雫が、カップの水面に波紋を生じる。
「……お別れを言う前に謝っておくことがあるわ。
黙っていてごめんなさい……知らなかったでしょうけど、この数年間、あなた宛に何度か手紙をよこしてきたのよ……有砂ちゃん」
初めて有砂の顔にわずかな動揺が走った。
「……有砂が……?」
「全部、あの人が封も開けずに握り潰してたから、何が書いてあったのかも知らない。
……だけど、きっとあなたに会いたかっ」
「やめてくれ」
有砂はきゅっと目を閉じて頭を横に振った。
「……期待したくない……それ以上は聞きたないです……」
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