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#1・【万楼 ―2006・春―】
「ねえ。100円、頂戴」
なれなれしく肩を叩いてきた赤の他人。
「100円足りないんだ」
その赤の他人からのぶしつけな要求が、
「……100円?」
問答無用に黙殺されずに済んだのは、
「うん。412円と、あとはもうおっきいのしかないんだ」
単純に彼の笑顔が、可愛かったからだ。
「100円玉、キミは持っていないかな」
その笑顔に捕まった、彼女は重たくマスカラを重ねた睫毛を一瞬しばたかせた。
「え……えっと」
彼女がポケットに押し込んだコインケースの中身を思い出すよりも早く、
「はい100円!!」
前後左右から銀色のコインを乗せた掌が彼の前に差し出された。
合計四枚。
その持ち主たちはみんな「美少年と仲良くなる突然の大チャンス」に目がぎらついている。
「はは、東京の女の子ってみんな優しいんだな」
その美少年は、いよいよ嬉しそうに顔をほころばせた。
「どうもありがとう」
4枚の100円玉を、集めて握り締める。
そこにもう一枚、100円玉が差し出された。
肩を叩かれた彼女だった。
「よ、よかったら……」
美少年はそれも遠慮なく受け取ると、他の四枚と合わせてぎゅっと握った。
「やった。ドリンク代、浮いた」
「円」で「縁」を買った女の子たちは、さっと彼を取り囲んだ。
「ねえねえ、《東京の》、ってことはお兄さん遠征組?? このイベ」
「どのバンド見に来たの? あたしはねぇ、3ば」
「そのチケ、Bチケ? 前のほう場所とっといてあげるから一緒に見ない? 上手側のほ」
「ねえねえ、せっかくだからメアド交換しな~い? 赤外せ」
「あの、あたし、リサ。あなたは?」
聖徳太子のアビリティは身に付けていない美少年は、唯一聞き取れた最後の質問にだけ、ゆっくりと、答えた。質問者は、最初の少女だった。
「ボクの、名前? ……万楼(マロウ)、って呼んで」
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