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『信じた世界は君を容易く裏切った』
「―――…」
何を、言っている?
哀れむその声は言う。『君は産まれる世界を間違えたんだ』
頭にカッと血が上った。
「ふざけないでよ!あんたたちに何がわかるって言うの!?」
そもそも、"あの世界"でなければ、柚那に出会うこともなかった。
自分が護ってやらねばならない、か弱いお姫様。
『僕らはずっと前から知ってるよ』
『君も彼女たちも、みんなみんな僕らは見てきた』
『会うのは君が初めてだけどね。桜花の君』
「……桜花の君…?」
それは自分を指しているのがわかったが、紗八は僅かに眉を顰めた。
聞き慣れない名前だった。過去に紗八は一度としてそう呼ばれたことはない。
「"桜花の君"って、何」
『君自身さ。君であり、彼女であり、そのまた別の彼女のことだよ』
「私?彼女…って誰のこと?」
ますます意味がわからない。頭に直接語りかけてくるような声は、その問いには答えなかった。
突然、風の通る音がした。
驚いて振り返ると、そこには。
「……京都…?」
僅かに残る現代の京都にそっくりな光景がそこにはあった。
けれど、明らかに違うのは、その"人"。
男は武士のような髷を結い、女は舞妓の鬘を被っているようだ。
男は袴を、女子供は着物を着ている。
映画の撮影か何かだろうか。それにしてはやけに、生活感が出ている気がしたが。
「どこ…?」
『お別れだよ、桜花の君』
「え?」
『またいつか、君に会える日を楽しみにしているよ』
「いや、ちょっ、ちょっと待……」
『恐がらないで。きっと君を必要としてくれるから』
頭が上手く回転しない紗八を置いて勝手に話を進める謎の声。会話など初めから成立していなかったようなものだが。
風が強く吹き荒れる。紗八の身体は徐々に後方に押されていく。
「待ってよ!私全然意味がわからな……」
『答えは世界だよ』
『世界は答えだよ』
「…だから、意味わかんないって…!」
騒がしい風の音で、少しずつ謎の声が聞き取りづらくなってきた。
飛ばされるわけにはいかないと必死に踏ん張るけども、風はどんどん強くなっていく。
『行ってらっしゃい、桜花の君』
「あ―――っ」
愛おしげに、別れを惜しむように、謎の声はそっと告げた。
その瞬間、紗八の身体は勢いよく風に流される。
待ってよ。私肝心なこと聞いてない。
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