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シャカシャカとヘッドフォンから自分好みの音楽が流れてくる。
しっとりした曲が好きな紗八にとっては珍しい、明るくテンポのいい曲だった。
自然と、ペンを握っている手がリズムをとる。他人の迷惑になるとか、そういうことは全く気にならなかった。
コン、コン、コン。小刻みにペンを机に叩きつける。
放課後の教室にはまだ何人かの生徒たちが残っていて、教科書やノートと一生懸命にらめっこをしている。
かく言う自分も本来ならば、ああして真面目に机に向かわなければならないのだが、如何せん、やる気など滅多に出ない紗八は先程からこうして愛用のデジタルオーディオプレイヤーで音楽ばかり聞いていた。
勉強をするでもない。部活にも入っていない紗八がこういった振りをしてまで教室に残っているのには理由がある。
「サユちゃん、お待たせ!」
「…遅いよ、ユナ」
紗八を「サユちゃん」、と呼ぶのは少なくとも紗八の知ってる中では1人しかいない。
紗八が名前を呼べば、花が咲き零れるように可愛らしくはにかんだ。
陶器のような白い肌を持つ柚那は、学校で1番の美少女―――というと彼女は怒るのだが―――と言われている。
しかし本人にとってはそんな押し付けがましい名誉など不愉快以外の何物でもないらしくて、毎年1回行われるミスコンの日には必ず学校を休むようになっている。
柚那の魅力は一口には語れない。可愛いだけじゃないのだ。
それをわかっているのは長らく幼なじみをやっている紗八だけだろうし、柚那の顔がすきで近づいてくる男は後を絶たない。
今日も、とある男子生徒に呼び出され、いつものように断ってきたのだろう。そこまで美少女と言われることを嫌がるなら、呼び出しになど応えなければいいのに、そこが柚那の「可愛い」ポイントの1つなんだと思う。
「ごめんねっ、何度言っても納得してくれなくて…」
「いーよ。ユナが謝ることじゃない。"ユナ"を見てないあいつが悪いのさ」
首だけで窓の外を示した。紗八と柚那の視界には、中庭で呆然と佇む男子生徒の姿が目に入った。
「あいつがユナに少しでも手を出そうなんて思ったなら」
この教室は中庭に面した2階にある。
並外れた運動神経を持つ紗八には、2階から飛び降りるくらいのことは平気だった。
「あいつ、跡形もなくなるところだったよ」
「ふふっ、相変わらずカッコいいなぁ、サユちゃんは」
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