序夜 寂しがり屋の諦観

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  「ただいま」 「遅かったな、紗八」  その声に肩が揺れた。条件反射だ。  私はあまりこの人が好きではないし、この人もきっと私のことは好きではない。 「……お爺ちゃん」  待ち構えていたように玄関に立つ祖父は紗八と目が合うなり大きく溜め息をついた。 「稽古の時間はとうに過ぎておるぞ。何をしていた」 「ユナを家まで送ってきた。今日はユナ学校で呼び出されたから、学校出るのいつもより遅くなったの」 「言い訳はいらん。さっさと着替えて始めろ。他の者はとっくに来ておる」  自分で聞いてきたくせに、と心の中で悪態をつく。  言葉にしてしまうととても面倒くさいことになるから、間違ってでも口には出さない。  昔お爺ちゃんに思いっきり反抗した時があったが、その時は家が半壊するほどの騒ぎになった。お母さんがどうにか宥めてくれたらしいけど、あの頃の記憶はあまりない。  さっさと道場へ行ってしまった祖父の背中は見ないことにして、自分の部屋に行って鞄をベッドの上に投げた。  紗八の家は門下生も多い道場だ。門に掘られた名が道場の名前だ。  幼い頃から、否、恐らく産まれた時から紗八は木刀を手に握らされていた。そして当然のように剣道を習い始めた。あの祖父の元で。  制服を脱ぎ捨て、紺の胴着に袖を通す。  昔はこうではなかった。毎日の稽古が何よりも楽しかったはずなのに、今では毎日放課後が憂鬱だった。  袴を締め、部屋を出る。既に道場からは気合いの声が響いていた。また一段と足が重くなる気がした。 「あ、紗八さん!今日もお願いします!」 「お願いします!」 「こんにちは。こちらこそお願いします」  道場へ足を踏み入れると、紗八に気づいた若者を筆頭に一斉に挨拶の声が飛んだ。  紗八も一礼して、自分の防具のある場所へ鎮座した。  痛いほどの祖父の視線を感じた。 (はいはい、わかってますよ)  精神統一すらする暇もない。祖父に言わせれば遅れてきたあたしが悪いんだろうが、ものには順序というものがあるだろう。  仕方なしに垂れを手にとる。胴、面、籠手と順につけ、竹刀を持ち立ち上がった。 「紗八さん!一本お願いします!」 「はい」  祖父の視線はあたしから外れない。  何もかも見透かされているようで気分が悪い。  それを振り払うようにして、あたしは目の前の1点に集中する。  
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