春…序章…

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桜が、少しずつ蕾をほころばせ始めた。 この、北の田舎街にも、春が色付いて来ている。 微かな甘みを帯びた様な南風に胸を踊らせ、あたしは桜並木を歩いていた。 「春だなぁ…。」 浮き足立っている、なんて思われないように、ちょっとだけ背伸びをして、薄紅の花弁を散らす枝に、そっと触れた。 「枝、折らないで下さいよ、真琴先輩。」 聞き慣れた声がして、慌てて伸ばしていた手を戻し、振り返る。 やはりそこには、彼がいた。 「人聞きの悪いことを言わないで下さい、梓くん。」 松本 梓くん。一つ下の後輩で…あたしの好きだった人。 彼を諦める、と決意してから早数ヶ月。 呼び捨てにしていた名前を、今では君付けでしか呼ばなくなり。 こんな他愛ない会話ですら、ついつい敬語になってしまう。 好きになる前、どんな風に接していたかも、もう思い出せない。 引きずっているのは、あたしだけだというのに。 「そうですか。まぁ、気を付けてください。先輩は、危なっかしいから。」 それだけ言い残して、さっさと追い越していく梓くん。 …一人ドキドキしてる、あたしを置いて。 分かってる。彼は、何気無く言っただけ。 なのに。 涙が出そうな程、嬉しいなんて。 (バカみたい…。) この桜が、散るみたいに。 あたしのこの、どうしようもない気持ちも、早く、消えてしまえばいいのに。
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