7人が本棚に入れています
本棚に追加
桜が、少しずつ蕾をほころばせ始めた。
この、北の田舎街にも、春が色付いて来ている。
微かな甘みを帯びた様な南風に胸を踊らせ、あたしは桜並木を歩いていた。
「春だなぁ…。」
浮き足立っている、なんて思われないように、ちょっとだけ背伸びをして、薄紅の花弁を散らす枝に、そっと触れた。
「枝、折らないで下さいよ、真琴先輩。」
聞き慣れた声がして、慌てて伸ばしていた手を戻し、振り返る。
やはりそこには、彼がいた。
「人聞きの悪いことを言わないで下さい、梓くん。」
松本 梓くん。一つ下の後輩で…あたしの好きだった人。
彼を諦める、と決意してから早数ヶ月。
呼び捨てにしていた名前を、今では君付けでしか呼ばなくなり。
こんな他愛ない会話ですら、ついつい敬語になってしまう。
好きになる前、どんな風に接していたかも、もう思い出せない。
引きずっているのは、あたしだけだというのに。
「そうですか。まぁ、気を付けてください。先輩は、危なっかしいから。」
それだけ言い残して、さっさと追い越していく梓くん。
…一人ドキドキしてる、あたしを置いて。
分かってる。彼は、何気無く言っただけ。
なのに。
涙が出そうな程、嬉しいなんて。
(バカみたい…。)
この桜が、散るみたいに。
あたしのこの、どうしようもない気持ちも、早く、消えてしまえばいいのに。
最初のコメントを投稿しよう!