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日曜日、僕は久しぶりに、車庫から「ヴェスパ」を引き出した。
郊外のショッピングセンターに行こうと提案したが、彼女は、人混みが嫌だと言った。
オールド・シティの外れに、先輩の店がある。靴屋を引き継ぎ、今では新街区からもお客が来る、セレクトショップ、だ。
歩いていくには、ちと遠い。
ヴェスパに跨がって待つ僕の前に、ミミは、スカート姿で表れた。
「クローゼットに入っていたの」
ヴェスパで、後ろに女の人を乗せる?
僕の好きな古い映画のようじゃないか。
ねえ、ミミ。
貴女は何処から来たんですか?
免許証の住所は、ここから随分と遠い場所だった。
裸足でここまで歩いて来たの?
問い掛けられない僕の気持ちに気付くふうもなく、彼女は柔らかな体を押しつけてくる。
何時迄僕は、無害なままでいられるだろう…。
「彼女?」
靴を選ぶミミを見て、先輩が聞いてくる。僕が厳かに、
「バイトの方です」
と答えると、胡散臭げな顔をする。
「まあいいや、お前のとこも、商売繁盛になるといいな、何時も、じい様方がたむろしてるもんなあ」
ミミをみながら、そう言った。
彼女が買ったのは、シンプルなぺたんこ(バレーシューズというそうだ)の、靴だった。
帰り道、僕らははしゃいで、古い町中をヴェスパで回った。
おんぼろヴェスパは、悲鳴を上げる。
「そこのスクーター、停まりなさい!」
パトカーに見つかって、反則切符を切られても、僕らは楽しかった。
この事が、終わりの始まりとも知らず…。
安ワインに残りモノ料理。他愛ない話に笑いこけた、浮かれた日曜日の終わり。
階段を上り、屋根裏の自分の部屋に迎う時、きちりと何時も扉が閉まっているはずの、ミミが居る客間の扉が僅かばかりに開いていることに、気付いた。
開いているのだ。
だから僕は、そっと、その扉を開けた…。
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