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───母が飛行機事故で亡くなってから、2年が過ぎた。
傷が癒えたかと訊かれたら、僕は素直には頷けない。
僕はまだそれほど大人じゃない。
……でも、少なくとも寂しさは以前よりは薄らいでいる、そう言っても良いだろう。
時間の経過というのもあるし、
不本意ながら、
……彼女のおかげでもある。
「ほらほら、走れー。入学早々遅刻しちゃうぞー」
初めての、通学路。
真新しい制服に身を包み、家を出た僕は、そこを走っていた。
「まったく、準備は前日にしときなさいってあれだけ言ったのに」
ポケットの中のケータイ電話から、大袈裟な溜め息が聞こえる。
『彼女』に実態は無い。だからこうして、僕のケータイの中で待機することができる。
「うるさいな……昨日はどうしても見たいアニメがあったんだよ」
「人間はアニメを1話見るのに30分もかかるものね。不便だわ」
「フン、お前みたいに一瞬で全てを読み込めたら、いくら面白いアニメでも味気ないだろ」
「あら、そんなこと無いわよ?あのアニメ、最後まで見たけどなかなか楽しめたわ」
「おまえ、まさか全部インストールして先を……!?」
「来週の話、教えてあげよっか?」
「……壊すぞ、おまえ」
まったく……
これだから彼女は油断ならない。
───そう。
彼女は人間なんかじゃない。
人間が作り出した電子の海で生きる、一個の知性……
───科学者だった母親が残した人工知能。
「ほら、校門まであと少しよ」
「……リリ、ちょっと黙ってろよ」
僕は溜め息を吐いて、ラストスパートをかけた。
───人工知能、通称『リリ』。
それが彼女の名前だ。
「急げー、シキー」
彼女が僕の名前を呼ぶ。
九条シキ。
九条財閥の1人息子にして、何の変哲もない12歳。
それが、僕。
──中学生という新しい生活が始まっても、
僕と彼女の日常は永遠に退屈に過ぎていくのだと思っていた。
……それが間違いだと気付いたのは、
残念ながら全てが終わった後だった。
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