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相槌はおろか、物音一つしないことに気付いたのは、実弥が携帯電話を手に取って三十分が過ぎた頃だった。
電池が切れたのか、と確認するも、画面には通話中と表示され、今もなお通話時間を刻んでいる。
実弥はその事実に携帯電話を握る手に力を込め、今の時刻すら忘れて腹の底から声を上げた。
「祐樹! あんたちゃんと聞いてるの!?」
階下から諌める声が聞こえてくる。
それに返事をしている間に、電話口に音が戻った。
「おまえね、一旦電話止めて時計見なさい」
常より気だるい調子と心底呆れ返ったような声色に、実弥はぐっと詰まる。
時間は零時を少し回った頃で、常ならば実弥も祐樹も床についている時間だ。
しかし、今日ばかりは実弥に眠気はなかった。
その要因とそれに対する怒りを延々ぶつけられている祐樹にしてみればいい迷惑である。
「何よそれ……!」
祐樹の気遣いに気付かない実弥ではないが、怒り心頭な状態ではどうしてもそれを考慮する事が出来ない。
軋む程に握り締めた携帯電話からは、欠伸を噛み殺した祐樹の声が同じ言葉を繰り返していた。
「とにかくな、それは明日目一杯聞いてやるから」
「明日も明後日も部活あるんでしょ」
まるで子どもだ。
正常な実弥が聞いたら平手の一つでも飛んでくるだろう自らが発したその言葉にも、祐樹は語尾を荒げず答える。
「昼休みと帰り、抜けるから。な?」
その時、再び聞こえてきた階下からの声に、実弥は渋々承諾して電話を切った。
最長記録更新である。
消費された電池を蓄めるべく充電器に差し込みながら、少しばかり冷静になった頭の中で祐樹に詫びた。
部活の練習がハードになっていることは本人から直接聞いていた。
にも拘らず、朝練もある祐樹をこの時間まで自らの愚痴に付き合わせてしまったのだ。
同じ運動部として、心底申し訳ないと頭を垂れた。
「……寝よ」
再び何かを考えだす前に眠ってしまおう。
賢くない頭は、寝てしまえば出来事の半分近くを忘れてくれるに違いない。
そうして明日、この件についての祐樹とのやり取りは最小限に留めたい。
やり取りを取り消すという選択肢が出てこないくらい、実弥も睡魔に襲われていた。
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