それだけのこと

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 朝日も、茜色をしている。そんな他愛もないことに気がついたのは一週間ほど前のことだ。日を重ねるのが嫌で、一晩中起きていた俺は閉め忘れた遮光カーテンの隙間からその茜色を見た。  その色はひどく不安定で、しかし一瞬にしてかき消える。あとに残るのは力強く強烈な光だけだった。いったい何人があの光を見ただろう。そしてその中の何人が、あの光に対して不安定だという感情を持っただろう。きっと、ほんの僅かだ。同じ太陽などなく、同じ時間もまた、ない。  だから同じ感情など持てるわけがないし、そんな言葉すら無いのだと分かってはいるのだけれど、どうやら悟りには程遠いらしい。俺は相変わらず日を重ねることを嫌がっている。朝日はあれから三度見た。夕日は五度ほど見ただろうか。茜の装いは記憶にあるより鮮やかであったはずなのに、その事実以外を思い出す術は分からない。見上げたとて、今日の空はきっと灰色の海を広げているだけだろう。部屋の遮光カーテンは閉まっている。隙間はこんどガムテープででも塞いでしまおう。朝日も、夕日も、明日をつれてくるものを見たいとは思わない。  俺は相変わらず日を重ねることを嫌がっている。理由はない。ただなんとなくだ。なんとなく生きているような俺は、なにげなく巡る月日が同じには思えず、それとなく探りを入れていたところ、限りなく広がる感情の海に呑み込まれた。  隙間から漏れる明かりがやけに多くて、見上げると留め具が一つ外れている。カーテンを開けるのは直すためだと、自分に軽く言い訳をした。  空は奇しくも、見事な茜色だった。 『それだけのこと』  朝日か夕日かは分からない。ただ、そのすばらしさが俺の感傷を引きずり出していた。 20100309 梅芳  探せばきりのないほど絶望はあるが、望めばいくらでも希望が見いだせてしまう、そんな当たり前のこと。  それだけのことが、否定したい悲観したい、感傷にひたりたい人間には感動的であったり苦手に思ったりする。ただそれだけのこと。
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