ある雨の日の終わりに

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 それは雨の日の朝だった。すれ違ったその人は、手にした傘を差すこともせず、雨に打たれて泣いていた。涙を隠すためではないだろう。顔を見れば、真っ赤な目鼻はよく目立つ。だいだい色の大きな傘で、隠した方が賢明だった。きっと、打たれたい気分だったのだ。  それは雨の日の昼だった。傘を盗られた友人は、複雑そうな顔をして、隣の傘を手に盗った。悪いと思うならやめればいいと、言ってやろうと思ったが、この連鎖がどこまで続くか、妄想したくて言うのをやめた。本当は、悪いと思わなくてもやめるべきなのだ。こうして世界は廻っていく。  ある雨の日の夕暮れだった。夕日はないけど夕暮れだろう。傘を盗られて途方に暮れた。朝から降っていたではないか、どうして今ごろ盗まれるのか。興味本位で近づいた、駅の近くの古書店に、ふらりと入った過去の自分が恨めしい。電車がでるまであと十分。駅まで行くのに三分弱。 「駅までご一緒しましょうか」  優しい声に振り向いて、優しい笑顔に包まれた。はにかみながらお礼を言って、しっかり頷く自分に笑い、だいだい色した大きな傘が、ある雨の日の夕日になった。  自分の駅に着いた時、雨の気配は空から消えて、水の溜まった道路の上には、きれいな星が瞬いていた。でっかい夕日が見えたから、雨もあわてて止んだのだ。ある雨の日の、夜だった。 20100617 その日のことは、自分しか知らない。でも、他の人のその日のことも、私は知らない。
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