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ばしん、と竹刀の音。
神崎博人は、それを竹刀で受けた。
「はぁぁぁぁっ!!」
面越しに見える相手の気合いは十分。博人も負けていられない。
武道場の床はひんやりと冷たい。春先の季節には、このぐらいでちょうどいい。
博人は、鍔ぜり合い。そこから腰を入れて相手を押す。
一旦、距離が空く。
「…………」
お互いに腹の探り合い。次はどう来るか、それに対してどう応じようか。
そう思いながら、じりじりと攻めていく。
やがて、一足一刀の間合い。
打てる。
「やああっ!!」
そう思った時には既に身体が動いていた。
腰は真っすぐ、右足を踏み込み、腕を振るう。いや、正確には竹刀を、だ。
相手も竹刀が動いたが、もう遅い。
「めぇん!」
博人の決めた面は、一本となっているのだから。
「いやー、神崎って強ぇよな」
お互いに面を外しての会話。頬を伝う汗は、極度の緊張を現していた。
「今回はたまたま。次はお前が勝つかも知れないぜ」
博人が謙遜すると、彼はにっこり笑った。
「それもそうだな」
「ははっ」
笑える。
こうして、剣道の試合をして、笑えるのだ。博人は、それがなによりの幸せだと思った。
博人自身、数ヶ月前まで、こんな日が来るとは思いもしなかった。
数ヶ月前の自分は、剣道から離れ、一生剣道をする事がないと思っていた。けれど、この町に戻ってきて、この高天原高校にきて、『とそあど部』に関わって。博人は、自分は剣道が大好きなんだと改めて思い知った。
そして彼はこの場にいる。
この、剣道の空間に。
「博人!」
と、声をかけられる。
同じ剣道部員で幼なじみの三滝莉緒だ。今日もよく整ったその顔立ちが、ロングの髪に映える。
莉緒は、不機嫌そうに。
「いつになったらわたしと戦ってくれるの?」
竹刀を見せられる。
これは、博人が剣道部に入ってから、幾度となく言われ続けている。博人がいくら断っても、莉緒は諦めずに何度も誘ってくるのだった。
その度に、博人はこう言っている。
「だから言ったっしょ。俺は女とはやらないの」
男と女では体力に決定的なまでの差がある。だからと言って、博人は女をなめているわけじゃない。単純に、男は男と戦うべきだ、と思っているだけだ。
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