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雪子は八神に訴えた。
娘の辛さを幾度、代わってやりたいと思ったことだろう。
一年前、高校への入学式に行く途中、自分がちゃんと学校へ付き添っていれば‥。あの事故さえ防げていたなら。そして、その事故が娘でなく自分に降りかかったものだったのなら‥。
幾度、そう思ったことだろう。
幾度、自分を責めただろう。
「お母さん、落ち着いて。椿さんは大丈夫ですよ。一年前も頑張ってくれたじゃないですか。―‥不整脈は薬が効いてくれさえすればすぐ治まりますからね。」
八神の口調は自分に言い聞かすようにも聞こえた。
「大丈夫。すぐ良くなるからね、椿さん。」
椿には聞こえていないだろうが、八神はベットのそばに寄り椿の手を握りしめた。
聞き慣れた男の声が聞こえた気して胸が締め付けられるような息苦しさの中、椿はうっすらと目を開ける。
そこには眼鏡をかけた男の顔があった。いつもと同じ優しい穏やかな顔つきだった。
喉が締め付けられる。
「――――‥っ。」
「椿さん、苦しいよね?」
八神は椿の眼を見つめた。椿も潤んだ瞳で八神を見つめ返す。「先生!薬持ってきました!」
「ありがとう。今から薬を入れるよ。すぐ楽になるからね。」
そう言うと点滴の管に注射器型の薬をセットした。ゆっくりとピストンを押していく。
ゆっくりと、ゆっくりと‥
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