第八話

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「やっぱり人ごみがすごいな。」 設楽は、アウトレットに入ると、人の多さに圧倒された。 何度もはぐれそうになった。 「神崎、悪い。」 そう言うと、満の手を握った。 「はぐれそうだから・・・」 照れくさそうに設楽は言うと、満をぐいぐいと引っ張った。 (温かい・・・) 久しぶりに、人のぬくもりに触れた気がした。 それでも、思い出すのは、慶太のぬくもりだった。 もう、半年は会っていない。 それなのに、満の心の傷は昨日のような痛みで、消えることがない。 切なくて、苦しくて、それでも解いた手のぬくもり。 時々後悔をする、自分の心の弱さ。 (慶太に会いたい・・・) そんな思いがどんどん膨らんでくる。 握っているのは設楽なのに、慶太の事ばかり思い出してしまう。 知らず知らず、涙が溢れ出した。 この半年間、泣いてばかりだ。 満が泣いている事に気付いた設楽が立ち止まる。 「どうしたんだ?」 満は涙を止めようとした。 だけど、後から後から涙が溢れてくる。 「車に戻ろう。」 設楽は、満の手を引っ張り、車へ戻った。 助手席で、堪えていた涙が溢れ出した。 人を忘れると云う事の難しさ、自分の選んだ道を進みきるという事の難しさを知る。 「神崎、泣きたいときは思いっきり泣け。」 設楽は、満が工場に来てから、時々寂しそうな目をしている事に気づいていた。 そんな満がずっと気になっていた。
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