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「もし咲良様が足枷となるのでありましたら、今すぐにでも、そのつないだ手を離していただくしかありませぬ」
「笹彦っ! おまえぇっ!」
激昂する瑞樹を、また咲良が止める。
「笹彦、今一度、稽古をお願いいたします」
咲良は左手で剣を持ちなおした。
まだ手は震えているが、今度は瑞樹よりも前に出る。
「その意気や良し。……参ります」
稽古は双子が完全に打ちのめされ、身動き出来なくなるまで続いた。
青生王家の現在の隠れ家は、とある渓谷の奥深くにあった。
茅葺きの竪穴式住居がひとつあり、ここに双子と、笹彦などの腹心の部下が寝泊まりしている。
他の兵たちは仮小屋で雑魚寝だ。
間仕切りされた住居の一番奥で、双子は傷の手当てを受けていた。
若い娘が薬効のある葉を傷口に張り付けてくれる。
「随分としごかれた御様子ですね。
笹彦様も今となっては武勇で知られた氏族の最後の生き残り。
氏族の威信をかけて、御二人を護ろうとなさっていらっしゃるのですわ」
ぶすっとしている瑞樹に、娘はころころと笑う。
彼女は青生之国の民だ。
彼女たちは今では石蕗王に奴隷として扱われている。
奴隷といっても常に監視されているわけではなく、時折抜け出して来ては物資を届けてくれるのだ。
青生之国が滅んでから十年以上の月日が経っているが、王家の再興を願い、自分たちを奴隷の身分から解き放ってくれる日を待つ民は多かった。
「冗談じゃねー!
笹彦は咲良を痛めつけたあげく、今すぐこの手を離せって言ってきたんだぞ!」
瑞樹の左手と、咲良の右手。
二人は手をつないだ状態で生まれてきた。
そして今まで一度も離したことはない。
掌はぴったりと張り付いていて、剥がれるのはお互いが強くそう願ったときだけ。
それが青生王家の直系として生まれてきた者の定めだった。
娘は笑うのをやめた。
「なれど、成人の儀はもうすぐではありませぬか。
そうなれば、御二人はもはや御一緒には……」
娘は途中で口をつぐんだ。
瑞樹が恐ろしい眼で睨みつけたからだ。
「申し訳ありませぬ。
瑞樹様、なにとぞ御容赦を」
娘は怯えた表情で立ち去った。
「この手は絶対離さないから。
ずっとずっと一緒だからな」
咲良の手を握りしめながら、瑞樹は力をこめて言った。
咲良は焦点の合っていない眼で、どこか悲しそうに微笑んだ。
「ありがとう、瑞樹……」
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