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咲良は手当てを施され、石蕗王の館に連行された。
失血し、春先の冷たい川に投げ出され、青ざめた顔をしていたが、それでも咲良は王家の人間として毅然と上を向いていた。
高床の建物の一番奥に、石蕗王はいた。
彼は噂の通り、老獪な人物だった。
「お初にお目にかかります、青生の巫女姫。
といっても、姫は物が見えぬのでしたな。
最初からこちらの招きに応じていただければ、もっと丁重に御迎えいたしたのですが」
血の気の無い咲良の姿に、彼は皮肉げに笑った。
咲良は手当ては受け入れたものの、差し出された新しい衣は断ったらしい。
衣服は川の水で湿り、泥と咲良自身の血で汚れている。
みすぼらしい姿ではあったが、それでも咲良はしっかりとした声で応じた。
「私を殺さずに連れてきた理由は何ですか」
その落ち着いた挙動に、石蕗王は面白そうに笑った。
「麗しき常春の国と謳われた青生之国。
その秘宝の勾玉について伺いたい。
勾玉は王家の巫女姫に受け継がれるということまではわかっております。
王家に生まれた双子が成人して手を離したとき、何かが起こるということも」
石蕗王は布で覆われた咲良の右手を見つめた。
双子を追わせている部下からも、青生之国の民だった奴隷たちからも、王子と巫女姫は常に一緒にいるという話しか彼は聞いていなかった。
腕が切断されて双子は別たれたが、未だに何も起こってはいない。
「青生の勾玉には命を操る力があるという。
とある高名な日之巫女も、欲したが手に入れられなかったという永久の命。
よもや青生の勾玉があれば、その夢も現になるのではないかと。
どうですかな、姫、この老いぼれの望みを叶えてはくださらぬか?」
咲良はきっぱりと言い返した。
「勾玉については何も言えませぬ」
「知らないのではなく、言えない、と」
喉の奥で石蕗王は笑った。
「意思の強い女子は嫌いではありませぬが、そのか細い体でいつまで耐えられるか、楽しみなことですな」
石蕗王が腕をあげると、両脇に控えていた男たちが動き出した。
咲良は彼らが近づいてくる気配に一瞬恐怖を覚えたが、すぐに震えを抑え込んだ。
(瑞樹……)
咲良は感じ取っていた
切断された右手が、まだ双子の片割れとつながっているのを。
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