十の巻

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十の巻

周りの願いが届いたのか燿子女御は、待ちに待った懐妊が確認された。 左大臣、藤原悠惟は、ことの他喜びを隠さないし慧仁親王を見返し、自分の世がくるとはらわたまで笑いでよじれそうだった。 ここで皇子が誕生しても東宮にすぐにつかせることはできない。 常盤帝を退位させず、 皇子の成長を待ち、東宮を飛び超えて帝にしてやらねば。 常盤帝も幼少で帝位につけ、傀儡にして政事を思うがままに行っていたころを思いだし、ふたたび権力を手中に納める夢を見ていた。 他の女御たちの恨みを受ける前にと、早々に里下がりをさせ、僧侶たちによる皇子誕生の祈祷をはじめた。 さらに念を入れて、斎宮を経験し強い神通力を持つ那子内親王を呼びよせた。 もちろん、皇子誕生の祈祷のためだが、那子はすでに敦仁親王の女御となっている身だ。 いくら左大臣であっても女御を呼びたてるのは、恐れおおいことだ。 それをやってのけたのだ帝や、敦仁親王に圧力をかけてまで。 那子は父帝の退位に乗じて無理やり伊勢に送りだした左大臣、憎悪の怨念で内親王薫子を死に至らしめた左大臣に協力するつもりはなく、断り続けていた。 那子は薫子内親王亡き後、敦仁親王に嫁ぐまで、女御燿子のもとに仕えていた。 自分より身分の高い那子を仕えるというよりは、話し相手として燿子は丁寧に扱い部屋も与えてもらっていた。 その女御のお産、と思うと心は揺れた。 産月が近づくにつれて女御の異常が聞こえてきたお腹は異常に大きく膨れ身動きができずにいるととうとう那子は折れた。女御の安産の祈願ならと申し出を受けた。 しばらくぶりに面会した女御燿子は、あきらかに異常な大きさのお腹を抱えて不安を抱えていた。<那子様、来てくだされたのですね> 帝の女御でありながら、那子には敬意を示すのを忘れない。 <どうか女御様とお腹の皇子を守っていただけるように祈祷していただきたい> 左大臣までも丁重な態度を示していた。 それだけに不安な日々だったのだろう。 <左大臣殿のためならば祈りはしません。でも女御様のためならば> 一部屋を与えられ、侵入できないように結界を張り、産気づくまで、静かな祈りが続く。 やがて燿子が産気づいたと前触れがやってきた。さらなる僧侶たちの祈祷と護摩の匂いがする中、那子は女御の無事、安産を祈祷した。 お産所に呼ばれ、赤子の姿をみるまでは。
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