十一の巻

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那子が赤子を抱いて衝立の反対側から静かに姿を見せた。 <那子さま…> <誰が出てきてよいと言った。下がりなされ> あくまでも暴言に近い言葉に、那子はキッと目つきをきつくして悠惟を見た。 <無礼であろう。藤原悠惟、もはや、あなたに礼を尽くす必要はないようだ。こなたは、この姫宮の存在そのものを消すことに迷いはないと見た。ならば私も決意いたしました> <なにを小娘が。内親王とはいえ、そなたの母は身分が高いわけではない敦仁親王とて身分低き更衣だ。その風情が何をほざく> 激高し、ひた隠しにしていた感情があふれてくるようだった。 那子は固い決意をもとに燿子に姫宮を対面させた<女御さま、姫宮さまでございますよ> <まあ、姫、私は一度に、若宮と姫宮を授かったのですね。なんとうれしや> 愛おしく燿子は姫宮を腕に抱いた。 <ならぬことじゃ。双子は吉凶、許すわけにはいかぬ> 悠惟の激怒する声を背中に聞きながら、那子は燿子に語りはじめた。 <女御さま、確かに宮中では双子は吉凶、とくに男女の双子として、生まれたことが知れれば、帝の地位も、この藤原の血筋すら危うくなります。そうなれば沙子姉様も、椰子姉様も寧子内親王もお立場が悪くなりかねま<那子さま、私にこの姫を捨てよと…> <お許しがいただけるのであらば、姫宮さまを私に頂戴できませぬか> 唐突なことに燿子は、目を見張った。 <姫宮さまは、泣き声も弱々しい、長くは持ちますまい> あまりの宣告に女御の目からは涙が、さらに姫宮を離すまいと抱きしめる<このままでは、近いうちに、女御さまが宮中にお戻りになる前に姫宮さまの命は奪われましょう燿子は、あの父なら自分の保身、野望のためにはやりかねない。常盤帝を10歳で帝位につけるために先の帝を失脚させたと恐れられている父なのだから。 <私の姫としてお育ていたします。宮中におれば会う機会もございます。どこぞと知らぬ家に養子に出されるよりもよいかと。悠惟殿の刺客からもお守りいたします。帝の子を抹殺したとなれば、若宮さまの将来も不安になりましょう> ようやく燿子は納得した宮中にいれば、いつでも会うことができる安心感で。 <ただし、この代償として左大臣には、失脚していただく所存ですがよろしいですかな> <はっ、小娘に何ができる。私は帝が即位された時からおそばにいた、しかも母方の叔父だ。親王の女御ごときに何ができよう> <そなたの無礼、いや侮辱はゆるされぬ>
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