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「お騒がせしました」
父親らしき男性は一礼すると「珠生、お父さんもお母さんも先生方も皆、お前を心配して捜したんだよ」と優しく続けた。
「ね、珠生くん。部屋へ戻りましょう」
畳み掛けるように促すような口調の看護師の言葉だったが、珠生は拒絶で返した。
「嫌だ!戻らない!!僕に構わないでって言っただろ!」
「珠生くん。落ち着きましょう?」
「わかったように言うな!」
「珠生…。お願いだからこっちへ…」
近づく声に、珠生はおぼつかない足取りで後退る。
「来るな!もう僕のことは放っといて!!」
そう叫び、フェンスを頼りにその場から逃げ出そうとするのと、静かにゆっくりと近づいていた父親が珠生を捕えたのは、ほぼ同時であった。
「嫌だ!放して!!」
「珠生!珠生っ!!」
両親が抱きしめ落ち着かせようとするも、珠生は激しく抵抗する。
「君、押さえるのを手伝ってくれ!」
傍らで冷静にそんな光景を見やっていた廉に、医師が声をかけた。見ると、看護師から注射器を受け取っている。
廉は僅かに眉を曇らせ、珠生の父親と一緒に暴れ逃れようとする細い身体を押さえた。その表情は周囲の緊迫したものとは別次元にいるかのような、静けさをもっていた。
捲り上げられた腕は想像以上に白い包帯に覆われ、その僅かに見れる肌に針は打たれた後、珠生の身体は抵抗を止めた。そうして、時期運ばれて来た車椅子に乗せられた。
涙する妻を支えながら、車椅子を押す父親の後ろ姿を見送った後、屋上にはまた静けさが戻った。
「…いい両親じゃないか」
瞼を伏せ誰ともなしに呟くと、タバコを取り出し火を点け、ゆっくりと吸い込むと煙りをくゆらせた。
『他人事だからそんなことが言えるんだ!もういい!兄さんの言葉なんて聞きたくない!出てけよ!出てってよ!!』
立ち上る煙りをぼんやりと目で追う廉に、6年前の記憶が、まるで昨日のことのように甦る。
「他人事、か…。確かにな」
そう呟く廉の口元は、まるで嫌悪するかのように歪められていた。
どこか悲しげな笑みだった。
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