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「ね、珠生(たまき)。お母さん、やっぱり一緒に行ったほうがいいんじゃない?」
「大丈夫だよ。心配しないで。タクシーなんだから」
「でも…」
「お父さん、仕事が長引いてるみたいなんでしょ?」
「ごめんなさいね。でも必ず間に合うよう行くからって」
「うん。お父さんの仕事が終わってから一緒にくればいいよ。僕は簡単な打ち合わせがあるから先に行くけど、始まってから授与式まで時間は一時間以上あるし」
「わかったわ。じゃあ、気を付けてね」
「はーい」
(気を付けて、って。僕が運転するわけじゃないのに)
珠生は小さく笑うと、心配性な母親に手を振って勢い良く玄関を後にした。
風はまだやや冷たかったが、日差しは優しい。珠生は、その柔らかい灰色がかった髪と同じ色を持つ瞳を眩しげに細めると、込み上げる充足感に笑みを浮かべた。
この春、志していた芸術大学の付属高校に合格した珠生は、昨年末すでに一つ目の花を咲かせていた。数ある美術コンクールの一つ、権威ある美術団体の主宰するコンクール入賞したのだ。
そんな珠生を乗せたタクシーは滑らかに発進すると、あといくらかもすれば満開になるであろう桜に別れを告げ、住宅街を後にした。
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