春雷

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「え……」 短く声を上げた。 昼下がり。誰もいないだろうと思っていた屋上に、人影を見つけたのだ。 その遠目にあった後ろ姿に、廉は、良く知った姿を重ね見た。 「ゆ…う……?」 くわえたタバコを手に戻し、ゆっくりと下ろしながら呟いた。 「悠…一?………いや、違う…」 どうして見間違うんだ。と自嘲的に笑うと、頭を振った。 先ず背格好が全く違う。歳は近い感じだが、廉の記憶の少年に比べると、明らかに後ろ姿の少年は細かった。加えて髪の色も違う。軟らかそうな髪は光りに透けそうなほど明るかった。 廉は、暫くその後ろ姿に見入った。 頭部に巻かれた包帯と水色のパジャマ姿から、入院患者だと云うのはわかった。転落防止のフェンスは少年の肩ほどの高さにあり、その上部に乗せるよう手を掛け、先程から微動だにしない。 何をそんなに見ているのだろうか? 廉は、手にしていたタバコに火を点け煙りを深く吸い込むと、少年の後ろ姿に考えを巡らせた。 やや小高い陵丘地に建てられたここから見えるものは、空と木々とその向こうの住宅地ぐらいだった。 どこまでも広がる空は青く、あの日と同じように眩しかった。 『何も失ってない兄さんなんかにわかるもんか!!』 記憶の中で幾度も反復された言葉が甦る。 廉は眩し気に目を細めると、再び自分自身に問い掛けた。 (あれは俺のエゴだったのか…) 空を仰ぎ煙りをくゆらせた時だった。視界の端で何かが動いた気がした。 顔を戻し確認できたのは、少年の後ろ姿だけであった。が、先程までとは少しだけ違っていた。少年の片足がフェンスの土台となる、コンクリートブロックにかけられていたのだ。 「?…ーーーー」 廉は僅かに眉を顰めるとくわえていたタバコを足でもみ消し、ゆっくりと歩き、少年の背後に立った。 傍に立つとやはり体躯はやや小柄で、明るいのは髪の色だけではなく襟から伸びた首筋も殆ど焼けてなく白かったのが見て取れた。 一呼吸置くと、その両腕を少年の背後から回すよう伸ばし、自身の両手を少年の手に触れるか触れないかの傍に置いた。
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