3.急接近

11/21
前へ
/671ページ
次へ
  彼は首を斜めに傾げ、こんな事を言い出した。 「未歩ちゃんがご褒美くれるなら禁煙がんばるけどね」 「え……」 ――――ドキッと。 一瞬だけ心臓が跳ねた。 誘うような、だけど少しからかうような、彼の目。 その黒い瞳の奥に、すぅっと吸い込まれていくようだ。 ……からかってるのだろうか、 本気なのだろうか。 ご褒美って? 真意のつかめない彼の目は、まだ自分の目を捕らえている。 考えたのはどれくらいだろうか、おそらく数秒にも満たない時間の後。 目をそらすことができなくて、彼への答えが自然と口についた。 「いいですよ」 「お待たせしました」 「……」 なんとまあ、間の悪いこと。 言葉を遮るか遮らないかのタイミングで、若い店員が料理を運んで来た。 店員が去った後は、気まずい空気が2人を沈黙させる。 やがて彼がタバコの火を消し、箸を取った。 「食べよっか」 「……はい」 さきほどの答えは彼に届いたのだろうか。 何事もなかったかのように食事を進める彼を見て、 (本気じゃなかったのかな……) なんて、淡い期待をした自分が虚しく思えた。  
/671ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8836人が本棚に入れています
本棚に追加