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彼は首を斜めに傾げ、こんな事を言い出した。
「未歩ちゃんがご褒美くれるなら禁煙がんばるけどね」
「え……」
――――ドキッと。
一瞬だけ心臓が跳ねた。
誘うような、だけど少しからかうような、彼の目。
その黒い瞳の奥に、すぅっと吸い込まれていくようだ。
……からかってるのだろうか、
本気なのだろうか。
ご褒美って?
真意のつかめない彼の目は、まだ自分の目を捕らえている。
考えたのはどれくらいだろうか、おそらく数秒にも満たない時間の後。
目をそらすことができなくて、彼への答えが自然と口についた。
「いいですよ」
「お待たせしました」
「……」
なんとまあ、間の悪いこと。
言葉を遮るか遮らないかのタイミングで、若い店員が料理を運んで来た。
店員が去った後は、気まずい空気が2人を沈黙させる。
やがて彼がタバコの火を消し、箸を取った。
「食べよっか」
「……はい」
さきほどの答えは彼に届いたのだろうか。
何事もなかったかのように食事を進める彼を見て、
(本気じゃなかったのかな……)
なんて、淡い期待をした自分が虚しく思えた。
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