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時子のアパートを出ると、春の空は夕暮れが訪れ、紫色に染まっていた。
「未歩ちゃん、送るよ」
「いえ。そこに地下鉄ありますから」
「いいから乗って」
スポーツタイプの青い車まで歩き、浩太は助手席のドアを開けた。
「じゃ、途中まで……」
躊躇いながらも、結局送ってもらう事になるのだった。
走行中、浩太がしきりに話を振ってきた。
テンポよく続く会話に笑顔で相槌をうちながらも、頭の片隅にはどうしてもあの人が浮かぶ。
(桜、そろそろ散っちゃうなぁ)
並木道に咲き誇る、美しい桜の木々も、4月も中旬にさしかかった今、ちらほら散りかけている。
やがてその桜並木が見えてきた。
「ここでいいです、近くだから」
「そう?」
「はい、ありがとうございました」
と言って車を止めてもらう。
「未歩ちゃん。よかったらアドレス聞いてもいい?」
「……。あ、はい」
断る理由もないので、番号とアドレスを交換すると、嬉しそうに微笑みながら、浩太は去って行った。
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