4.恋

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  視界いっぱいに広がる彼のスーツ。その胸に、もたれるように頭を埋めた。 きゅ、と。 背中に回された腕に力がこもる。 目を閉じると、躍動する心の音が聞こえた。 この鼓動は、どちらのだろう。 初めてだ。こんな感覚。 それなのに、不思議。 ずっと前からこの感覚を待ちわびていたような、懐かしさが混濁している。 抱きしめてくれる腕は力強くて優しくて……温かい。 「……っ」 頬に、涙が伝わるのを感じた。 心臓は相変わらずうるさく騒ぐのに、 ようやく満たされたような、 ほっとしたような、そんな想いが自分を征服する。 ……ずっとこうしていたい。 心からそう思った。 けれど。 「……ごめん。会ったばっかりなのに、嫌だよな」 体の震えに気づいた彼が、ゆっくりとその腕をほどき、体を解放してしまった。 「ち、違うのっ。私」 「いいよ、寒いから帰ろう」 頭をポンッと撫でて、車に向かう。 その背中を、 「こんなの初めてなんです!」 気がつけば、引き止めていた。 「だから、緊張しちゃって……」 「…………」 彼がぴたりと止まる。 「私、今まで誰とも付き合ったことないんです。お、男の人を好きになったことも……なくて」 その言葉に振り向いた彼の顔は、驚いたような、戸惑うような表情だった。 「で、でも。正悟さんは……何か違くて。う、うまく言えないけど、特別で……」 目を伏せて、小さな声で言葉を続けた。  
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