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触りたい――舐めたい――噛みつきたい――僕には、それがもう出来ない。
後ろ姿を盗み見たのは内緒だ。華奢な肩が、震えていた。
僕は無言のままテレビを見つめるふりをして、君は隣で林檎を頬張る。不自然な関係が、僕らの時間と心を貪ってゆく。淡々と時計の針は回るくせして、夜が明ける気配はまるで感じられない。夜が待ち遠しくて、二人で夜通し未来を思い描いた季節が懐かしく思えた。
シャクシャクと、控えめな音を奏でる君。ソファに置かれた右手に、思わず僕は左手を重ねた。いつだってそうなんだ。包んでいるのは僕の方なのに、不思議と包まれている気分になる。
台所で慣れない家事をこなす、一生懸命だった君。
夏祭りで浴衣を着て、はしゃいでいた君。
夕飯の買い物をするだけなのに、真剣な眼差しをする君。
自転車の後ろに乗せた、セーラー服を着てた頃の君。
カレンダーを何度も数える、子供っぽい君。
ばらばらのピースが瞬間的にフラッシュバックして、鮮やかに僕の心をえぐってみせた。あの日、二人寄り添い見上げた。四角い部屋の天井は、プラネタリウムのよう。そして今では、サイコロの中身のようでもある。
感じ方が変わったのは、僕だけなんだろうか。小さな小さな暗闇が弾けてしまうのが恐ろしく怖くて、僕は君の温かな右手を強く握り締めた。薬指のシルバーリングだけが、ひんやりと熱を吸い込む。僕の頬に触れて、瞼にキスをする、君を思い出そうとしてみる。
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