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「これで全部ですか?」
カウンターの女性は苛立ちを隠しながら、ウィクリフに問い掛けた。
「あぁそうです。すみませんね…」
頭を掻きながらそれに答えたウィクリフは40代前半といったところで、その頭は若き日のそれよりも、少し薄くなっていた。
「はい、ありがとう。」
ウィクリフは礼を言うと、数十冊もの本をナップザックに入れ、カウンターを後にした。
扉を開けると、そこにはフィレンツェの小綺麗な街並みが広がる。
美術館や教会、街中にすら彫刻があるような芸術と歴史の街。
その路地裏にウィクリフは入っていった。
フィレンツェは路地裏でさえ趣を感じさせるが、ウィクリフは、雰囲気がいつもと違う事に気付いた
「ウィクリフさんですか?」
振り返って見ると、スーツを着た男がいつのまにか立っていた。
前方にも男が現れ、ウィクリフは挟まれた状態になる。
男達は二人とも、左の脇の下が膨らんでいた。
「……なんですか?」
警戒心を剥き出しにしてウィクリフが尋ねる。
「"ネメアーの獅子"について、お話を伺いたい。」
サングラスを外しながら、その男が答えた。
「君達はいったい誰だ?」
ナップザックを握り締めながら、ウィクリフは更に問う。
「申し遅れましたね。我々は軍事保安庁です。」
「それで、国が私に今さら何の用だ…?
それに、"ネメアーの獅子"はもう凍結されたはずだ。」
「また、あなたの知識が必要になったんですよ…」
忌々しげに男は呟いた。
「データは残ってるはずだろう!私は行かないぞ!」
必死になってウィクリフは叫んだ。その声は路地に響く。
「SISDEが、どうしても見せてくれないんでね……あなたに、直接伺いたいんですよ。」
「……………」
ウィクリフは黙りを決め込み、やり過ごそうとした。
「あなたの研究のせいで、今、大変な事になろうとしている……協力をお願いします。」
男は左腕をだらりと下げる。
「………君達が本物だという証拠は?」
「先生の愛国心に賭けてもらうしかありませんね。」
「……………わかった。行こう…」
諦めたようにウィクリフはぽつりと呟き、溜め息をついた。
「表通りに車を停めてあります。」
ナップザックを肩に掛け、ウィクリフは再度溜め息をつき、男達に挟まれながら歩き出した。
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