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始まりは遠い昔。今では、そこが私のスタート地点だった。
あの日、いつものように続いて、そしてこれからも続くはずだった日常は、何の前触れもなく、その上いとも簡単に、崩れ去ってしまった。
まるで砂のようにサラサラと、儚く、切なく、私の手から滑り落ちていった。
五年前。それは身体を包む風に、気持ちの悪い生温さを感じ始めた初夏の日の夜。
どこの民家も丁度ご飯時の時間帯である。私はシチューをテーブルに運んでいた。お父さんは二階の書斎から降りてきている途中だろう。とん、とん、とん、というリズミカルに階段を下りる音が、私の耳に聞こえてくる。
穏和に暮らしてゆくはずだった。こうやって、当たり前な幸せを握りしめて生きていくこと以外に、私には未来が見えなかった。
そして、私の歯車が外れたのは、たぶんこの時。
どこかの民家から聞こえる女性の悲鳴に、部屋の中が凍り付いた。時間が止まったような部屋には、外からの悲鳴が入ってくるばかりだった。続く悲鳴は、あちらこちらの民家がなんらかの被害にあっていて、恐らくこの家も例外ではないことを予測させた。
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