兵隊さんの靴

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国が戦争の真っ最中だというのにこうしてのろのろと靴を磨き、誰の身を案じることもなく風が過ぎるのをただ待っているだけ。 いや、待ってすらいない。彼に言われるまで、戦争のことなどすっかり忘れてしまっていたのだから。 これを部外者でなく何と言うのか。 「戦争で慌ただしいのもそうだが、何分部下が馬鹿ばかりでな。体ばかり大きくて、デスクワークはからっきしだ。その分の尻拭いは上司の俺がしなきゃならん。全く、いくら兵士と言えども、文字くらいは読めてほしいものだな」 「ごめんなさい」 「ん? ああいや、別に君のことを言っているわけじゃないさ。学校へいく金がないのだから、仕方ない」 それはそれで「この貧乏人め」とあざ笑われているように思えるのは、靴磨きの心が濁りきっているからだろう。広場の池も、雨水やら何やらで沼のように濁っていた。 男は肩をすくめた。 「奴らは馬鹿だ。できることをやらずに、簡単にこなせることばかりに執着する。血の気ばかり多いから、実戦ばかりに群がる。全く、何のために戦っているのやら」 「なるほど」 何がなるほどなのか、靴磨き自身もわからなかったが、とにかく相槌をうつべきだろうと思ったのだ。 「いや、奴らの場合、戦いたいがために戦っているのだろうな。兵士でなければ、物騒なことこの上ない。まあそれでも国民のために動いてくれるのだから、仕方ないことなのかもしれないがな」 兵士の言葉を聞いて、靴磨きは一瞬だけ手を止めてしまった。兵士が国民のために動くものならば、底辺階級は国民ではないのだろう。 靴磨きはちらりと思い出す。あの寒い冬の出来事を。 冷たい雪だった。脚は膝まで埋まり、歩くとなれば敷き詰められた雪を強引に足で崩していくしかなかった。運悪く深いところを踏めば、待っているのは死だった。そしてその前に、凍死してしまいそうだった。静かに降る雪が頭に積もり、捨ててあったぼろぼろの毛布を身に纏って震えていた。 出たのは、溜め息ばかりだった。 「ん、どうした、溜め息なんか。何か悩み事でもあるのか」 「え、あ、いえ。すみません。ごめんなさい。申し訳ありません」
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