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今年の三月は寒くて、まるで俺の心象を現しているようだった。
けど今、こうして夢の中に存在していただけの癒しの美容室が……
「いらっしゃいましって何回言わせんだよ。この夢の狭間でヘアスタイル決めてやっからとっとと座りなっ」
「……は、はい」
ああ、理想と現実の狭間の間違いではなかろうか。俺は起きていた。茜色づく空の下、絶望に打ちひしがれ逢魔が刻に現れるという妖怪の罠に引っ掛か――
「ぶつぶつ言ってんじゃねーよ。わざわざ特別に磁場移動までして揺り動かしたんだからさー」
「え? あの、意味が全然分からないんですけど……」
すると最初に会った“燕”と呼ばれていた彼女が慌てて笑顔を作り、俺に話し掛けてきた。
「すみませーん。あの、こちらは一応美容室CUREの店長なんですが口が悪くて。でもイイ人なんで心配しないで下さいね」
「燕さん、彼はそう言ってるんじゃなくてだねぇ、店長の話してる意味合いが分からないって言ってるんだよ?」
「だったら桐生さんが解説してあげて下さいよぉ」
どうやらこの二人は仲が悪いらしい。
「まあ、その……店長の言葉を解読致しますとですね、何かの拍子で現世に建物が物質化してお客さんの前に現れたわけですが、本来夢の狭間に存在する美容室ですので、磁場を作用させて本来の場所に戻したわけです。ふーっ」
「つまり、さっきの揺れはその移動した時の振動だったってわけですか?」
三人はこれ以上の説明が面倒だったのか、ただうんうんと揃って頷くだけだった。
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